宗教有識者のスカーフ見解、無視したのは政府、元宗務庁長官が発言(Milliyet紙)
2005年11月17日付 Milliyet 紙

 メフメト・ヌリ・ユルマズは、「宗教有識者の見解が取り入れられるべきであった」と述べたエルドアンに「宗教有識者の決定はそもそもあった。それを聞いて、果たしてAIHMに対する弁護内容に付け足したりしただろうか?」と疑問を呈した。

 元宗務庁長官メフメト・ヌリ・ユルマズは、エルドアンの会見に対し、「宗教有識者の決定はそもそもあった。それを聞いてAIHM(欧州人権裁判所)に対する弁護内容に加えたりしただろうか? しなかったではないか」と反発した。ミッリイェト紙の質問に答えたユルマズは、宗教有識者の決定に注意が向けられず、実施もされなかったことを指摘し、次のように話した。

 「宗教学者たちが創設した宗務高等機構が1980年にスカーフ問題について下した決定がある。イマーム・ハティプ高校を筆頭にもちあがった、スカーフをした状態での登校不可という問題に関する当時の決定に基づき、宗務高等機構は「スカーフをつけることは義務である」という決定に行き着いたのだった。しかし、そのときも現在も、この見解は無視されてきたのだ。」
 首相は今になって「決定権は宗教有識者にある」と述べている。しかしその「宗教有識者の決定」は、「宗教の自由と良心の自由に付随する問題である」といって政府がまとめたAIHMに対する弁護内容には付け足されなかった、と主張するユルマズは、次のように述べた。

■問題の政治化
 「トルコの国家機構は、そもそも宗教有識者の言葉を尊んだりしない。宗教が独自の道を残されていたならば、問題は解決されたはずだった。しかし、いくつかの政治政党が「自分たちが解決しよう」などといいだした。選挙の公約に挙げ、大衆に叫んだ。問題が政治化したことで、これは腐敗した、まったく解決不能な問題となってしまった。

■9.12クーデタ後の「宗教有識者の決定」
 宗務庁宗務高等機構のメフメト・ヌリ・ユルマズが言及した決定とは、1971年9月12日の軍事クーデタの後、国家保安理事会によって創られた内閣で、国民教育庁長官であったハサン・サーラムが行った、1980年12月22日付の0183号の要請書に基づいて行われたものである。

 サーラムはその要請書においてイマーム・ハティプ高校に入る予定の女子学生が、スカーフで頭を覆う問題について情報を求めた際、「スカーフで頭を覆うことは宗教においてどのような位置づけなのか?」と質問を投げかけた。
 クーデタの後、宗教担当大臣のメフメト・オズギュネシュが試行的にはじめた宗務高等機構は、1980年12月30日、第77号の決定において女性のスカーフ着用は、宗教的義務であることを述べ、次の考えを明らかにした。

■ 命令を実行する義務
 「ムスリム女性が、その髪や頭部、首や喉を完全に覆うような形で襟首の上までスカーフで包むことは、われわれの宗教における、本(コーラン)、慣習、そしてイスラム学者がすべて一致して賛成している、絶対的な義務なのである。ムスリムがこの命令に従うことは宗教的な義務である。」
 ユルマズは、女子学生の要請に基づいて1993年2月3日に宗務高等機構を開催した。会議において、1980年に得られた決定が再確認され、文章はすべて認められた。



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( 翻訳者:田林 玲 )
( 記事ID:1317 )