アタテュルクの「大演説」は教科書ではない(Hurriyet紙)
2005年06月13日付 Hurriyet 紙
アタテュルクの「大演説」は教科書ではない
教育相ヒュセイン・チェリキは、アタテュルクによって自ら書かれた「大演説」は教科書として読まれることを想定していないと述べた。
公正発展党アダナ選出議員アッティラ・バシュオールによる「大演説」は教科書として読まれるべきなのかどうかという質問に対してチェリキは、2004年8月19日に政府からリストが出されたトルコ文学を学ぶ上で最も重要な100作品の筆頭に「大演説」があることを指摘した上で、次のように述べた。
「大演説」は偉大なる指導者アタテュルクによって自ら書かれた「不幸な歴史の所産」であるとし、「大演説」はトルコ国民の眼前で読まれたときからトルコ共和国の建国に関する第一級の資料として受け入れられてきた。「大演説」から教師や生徒たちが学ぶことができるよう、全ての学校図書館に所蔵されるべき作品のひとつである。
************本記事への解説*************
アタテュルクの「大演説」(Nutuk)
1927年10月に共和人民党の党大会で8日間続けて行われた、トルコ共和国初代大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルクの演説。内容は1919年の解放戦争開始から1926年半ばまでをあくまでもアタテュルクの視点から振り返ったものである。その原稿は現在でもさまざまな形に翻訳されている。「大演説」が書かれた当時のトルコの言語であったオスマン語のラテン文字表記版以外にも、現代トルコ語訳、英語訳、ドイツ語訳などがあり、CD-ROMの形でも販売されている。ながらくトルコ共和国建国史研究にとって第一級の基礎資料とされ、近現代トルコ史研究に多大な影響を与えたが、その記述がアタテュルクを中心とした共和国建国を一方的に肯定する傾向をもっている点も同時に多くの研究者によって指摘されている。
記事文中にある最重要トルコ文学リストは、トルコ人の読書を推進することを目的に、トルコの文学作品中教育省が特に重要と認めた100作品を掲げたものだが、その筆頭には「大演説」がある。これは現代でもなお公式には「大演説」の価値を無視できないことを物語っている。チェリキの発言も、一見「アタテュルクの大演説教科書ではない」と挑発的にみえるが、その実全ての学校図書館への所蔵をすすめている様子からは、今なおアタテュルクの金言集でもある「大演説」を軽んずることができない事情がうかがえる。
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( 翻訳者:宇野 )
( 記事ID:215 )