モイーン氏:私はまさにあの約束を果たすために、やって来た
2005年05月29日付 Sharq 紙
5月29日付シャルグ紙1面
モイーン氏のスポークスパーソン、復帰声明を発表
モイーン氏:私はまさにあの約束を果たすために、やって来た
【ファルヌーシュ・アミールシャーヒー=政治部】「私は、〔かつて示した〕まさにあの約束と行動計画に従い、改革を継続し、法律違反者と闘い、専制主義への回帰という危険を排除し、様々な民族・宗教宗派・政治的主義主張から成るイランの地に住まうすべての男女の権利を保護し、専横と闘い、国民の基本的権利の侵害と闘うために、ここにやってきた」。イラン・イスラーム参加戦線とイスラーム革命聖戦士機構の候補者であるモスタファー・モイーン氏は、この点を強調し、自らの選挙戦復帰を表明した。彼は声明の中で、公式に選挙戦への参加を発表したが、彼の内閣のスポークスパーソンになるとされるエラーへ・クーラーイー氏による記者会見は、当の声明の調整をめぐる議論のため一時間遅れで行われた。しかし、この声明は、今後の計画、選挙への参加の理由やそれに対する見方について、新たな点を含むもので、会見の遅れを補って余りあるものであった。彼は自身の立候補について2部に分けて述べた。まず彼は、自らの復帰の理由を、自身が掲げる政治的モットーに忠実であることを強調しつつ説明し、その上で自らの政治的見解や公約を提示した。昨日エラーへ・クーラーイー氏を介して、労働省会館の「タラーシュ」広間でイラン国民に向けて読み上げられた声明の一部において、モイーン氏は「私は護憲評議会が私の資格不認定について挙げた理由を、シャリーア及び法に適ったものではないと考える」と強調した。同時に次のように述べた。「権力構造における不正な結び付きを改革すべく私はやって来たのだ。そしてこのために、今ある有能な人材、ふさわしい資格を持った女性や若者たちに加え、これまで排除されてきた人材、国の監督権限によって国の運営に携わる場の外に不当に置かれてきた人々、そして現在まで国の運営に関わるハイレベルな立場への道が閉ざされてきた様々な民族や宗教宗派のイラン市民を活用していきたい」。〔選挙立候補者としての〕最初の資格不認定後、護憲評議会に対して資格認定調査結果の見直しを求める旨の最高指導者の書簡によって、再度資格認定されたモスタファー・モイーン氏は、国民の参加と自由で繁栄した崇高なイランの建設という約束のもとに立ちあがったと表明したが、それと同時に、9つの柱からなる目標、期待、そして見解をイラン国民に対し明示した。
●「資格認定に対する要請はしなかった」
最初の、そして最も基本的な柱の一つが、護憲評議会のあり方への言及である。「私は護憲評議会が私の資格不認定について挙げた理由を、シャリーア及び法に適ったものではないと考える。そうでなければで、私は決して法を逸脱した方法〔ハーメネイー師が護憲評議会に対して資格不認定の見直しを指示したことを指す〕によって選挙に参加することはなかったであろう。今回起こったことは、決定の見直しであり、私はそれを強く違法であると考える。尊敬すべきイラン国民に対し、ここではっきりと宣言する。わたしは資格不認定、認定の前後を問わず、公式であれ、非公式であれ、また公開、非公開を問わず、資格認定の為にいかなる権威者とも一切面会はしておらず、またいかなる要請もしていない」。
●「護憲評議会は資格不認定の理由を公表すべき」
彼は次のように述べている。「護憲評議会は、最高指導者への回答の中で、当方及び他の立候補者の資格不認定は、合法であると強調した」。そしてその上で次のように論じた。「私は護憲評議会に対して、私の資格不認定の法的な理由を一般に公表することを望む。私が大統領職の地位に就くことができても、あるいはそうでなくても、護憲評議会は、法律の枠組みで決定を下し、また市民の権利を守る義務があるということを自覚するまで、私はこの合法的な要求を何度でもするつもりである」。
〔以下略〕
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( 翻訳者:北川晃久 )
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