アージャ服役囚、最高裁の釈放取り消しで再び収監(Hurriyet紙)
2006年01月21日付 Hurriyet 紙

最高裁判所第一刑罰法廷は、メフメト・アリ・アージャ服役囚がローマ法王暗殺未遂の罪によりイタリアで服役した20年が、トルコ国内で犯したアブディ・イペキチ(※1)殺害および強盗罪による量刑と相殺され、5年半で釈放されたことを「誤り」と判断し、全会一致で釈放の決定を取り消した。最高裁共和国検察庁はこの日の決定に異議を唱えない見通しのため、最高裁の判断は確定したことになる。この決定により、アージャ服役囚は2014年まで収監される。前回2000年に収監されたため、さらに8年間服役することになる。アージャ服役囚は昨日、再びカルタル刑務所に収監された。

■チチェキ法相、最高裁に指令書を送付
ジェミル・チチェキ法務大臣は、論議を呼んでいた元服役囚の釈放に対し、異例の司法行為である「書面での指令」を行い最高裁に不服を申し立てていた。最高裁第一刑罰法廷は、3日間にわたる審議の後、昨日判断を明らかにした。アージャ服役囚に対する釈放は誤りだったとし、ハルク・クルジュ(※2)に対する決定と同様、釈放は取り消された。

5ページに渡る文書には、法王暗殺未遂の罪によりアージャ服役囚の受けた19年1カ月1日の服役期間が、トルコで犯した犯罪による量刑から差し引かれないことが記された。

■改正刑法第16条は適用されず
決定では、改正刑法の第16条「外国で逮捕や監視下に置かれたり、拘留や懲役刑に処せられた期間は、トルコ国内で同等の罪により課される刑罰の刑期から差し引かれること」の取り扱いが注目されていたが、法王暗殺未遂を裁く刑罰はトルコには存在しないと主張された。アージャ服役囚はこの罪を免赦され、トルコに引き渡されたと述べられた。

■弁護団は抗議
弁護団は、再収監に抗議した。アージャ服役囚の弁護団による再収監の決定への異議申し立ては、カルタル共和国検察庁により審査されることが明らかにされた。

■「私は最後の審判の宣告者」
釈放決定の取り消し後に滞在中の家に現れた警察を、まるで釈放された日であるかのように落ち着いて出迎えたアージャ服役囚だったが、警察署に入る前には感情を抑えられなくなっていた。車両を降り署内に入るまで、アージャ服役囚は3つの言語で「私は救世主、最後の審判を宣告する者だ」と叫んだ。最高裁により釈放が取り消され、再びカルタル刑務所に収監されたことは、母親には伏せられた。昨日、アージャ服役囚が身に着けていたのは釈放の日に着ていた青色のセーターであった。

※1アブディ・イペキチ(1929-79。milliyet紙元主筆。イスタンブル大学政治学部新聞学科教官、トルコ出版協会会長を歴任。1979年2月イスタンブルで暗殺される。)
http://tr.wikipedia.org/wiki/Abdi_%C4%B0pek%C3%A7i
※2ハルク・クルジュ(1958-)1980年殺人罪で逮捕、収監される。当局の手違いにより、1991年(1999年再収監)と2004年(2005年再収監)の2度に渡り、誤って刑務所から釈放された。
http://www.kimkimdir.gen.tr/kimkimdir.php?id=3254

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( 翻訳者:高田 利彦 )
( 記事ID:1750 )