2006年6月1日付 シャルグ紙16面

［ホセイン・ヤーグチー］
　古典文学の著名な翻訳家マフムード・エーテマードザーデ氏（雅号：M. A. ベフ・アーズィーン氏）が昨日、心臓発作のため、テヘランのアーラード病院で93歳で亡くなった。

　ベフ・アーズィーン氏による翻訳に注目すれば、この訃報を読んでどのような人々が驚き悲しんだか、またそれがおよそどのような世代の人々か、言いあてることができるだろう。1340年代（1960年代）、1350年代（1970年代）に青春を送り、当時の文化的雰囲気に浸った人々にとってベフ・アーズィーン氏という名前はおそらく、あの時代の雰囲気を要約するひとつの定義であろう。

　社会変革を先導した「社会参加型文学」*1の時代、ベフ・アーズィーン氏はバルザックやショロホーフ、ロマン・ロランといった作家たちの作品を訳した不変的な翻訳によって、この理想の実現に大きな役割を果たした。当時、小説を読むことは別の意味を持ち、この理由から、ベフ・アーズィーン氏の活躍を単に翻訳の分野に限定することはできない。ベフ・アーズィーン氏自身、ある場所で芸術と文学の責務について「芸術の助けによって社会を変革することができるし、そうしなければならない」と語っている。

　イラン作家協会の設立から、1350年代（1970年代）における数十の詩の会や講演会の開催に至るまで、ベフ・アーズィーン氏の広範な活動範囲は明らかである。ベフ・アーズィーン氏は1347年（1968年）のイラン作家協会設立の際の声明に次のように記した。

　「自分の思想や言葉の検閲に屈服する私、［内側からの］恐れや権力への恐れを口実に自分の街や国の問題に対して干渉せず、投票せず、選択せず、選択されない私。侵略を見ても何も語らない。喚問されて机につき、自分の信条や信仰、自分の友情や敵対関係、自分の昨日と明日と明日についての精算を、時代に勝利した権力の代表であるしつこいよそ者に委ねなければならない私。侮辱を浴び、侮辱を書いた紙に自分の手で署名しなければならない私。私はおそらく自由を理解するが、自由を達成する勇気がない。欠陥は私という人間性の中にあって、もし私がそれに気づいているならば、できるだけ早くそれを解消するために立ち上がらなければならないところの理由である。さもなければ私は人間という名にふさわしくない。」

　興味深いのは、ベフ・アーズィーン氏によって1360年代（1980年代）に翻訳された諸作品が読書を経験し始めたばかりの若者の歓迎に合ったことである。今日の世代は、小説を読むことや社会の変革を追い求めず、小説に対して単に娯楽を求めている。

　エーテマードザーデ氏は1293年（1914-5年）にラシュトに生まれ、ラシュト、マシュハド、テヘランで初等・中等教育を終えた。1311年（1922-3年）にイランからの派遣留学生としてフランスに赴き、1317年デイ月（1928年12月）まで当地に滞在して、パリのブレスト海洋技術学部、及び、海洋建築学部で学士を取得した。

　バルザックの「ゴリオ爺さん」「谷間の百合」「あら革」や、シェイクスピアの「オセロー」「ハムレット」、ロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」「魅せられたる魂」、ショロホフの「静かなドン」「耕された大地」、ブレヒトの「例外と原則」などがベフ・アーズィーン氏が翻訳した作品である。ベフ・アーズィーン氏はここ数ヶ月、度々、肺と気管支を患って入院しており、治療医らも彼の状態について危機的な状況にあると述べていた。

　今年の国際ブックフェアーでは彼の「静かなドン」の新版が出版され、出版社によれば非常な売れ行きをみせたという。「マフムード・エーテマードザーデ（M. A. ベフ・アーズィーン）の政治的・社会的生涯」の第3版は2年以上、文化イスラーム指導省の発行許可を待っており、まだ返事がおりていない。ベフ・アーズィーン氏の息子は先日、報道機関に対して、同氏が短編小説も書いており、おそらく病気回復後に出版するだろうと語ったところだった。ベフ・アーズィーン氏の生涯はこの短編小説の出版を終えないままに閉じたが、彼が数年にわたって未来の世代を魅了する物語を書いたことは、今すでに予測できる。


*1: 1960-70年代文学に関しては、「アンガージュマン」の概念の影響も受けて、「政治的・社会的責任を自覚している」というような意味合いを込め、「社会参加型文学」（commitment literature）という意味で用いられるが、イランの文脈ではより様々な要素が絡んでいる。



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（ 翻訳者:下山伴子 ）
（ 記事ID:2629 )