日本人男性、ナンセン難民賞受賞 シャルグ紙
2006年07月09日付 Sharq 紙

【シャルグ】国連難民高等弁務官事務所は2006年のナンセン難民賞を日本人メガネ製造者、カナイアキオ(金井昭雄)氏に授与すると発表した。同氏は20年以上にわたり難民の視力検査をしてはメガネを作り、世界10万人以上の難民の生活の質を改善してきた。

ナンセン難民賞委員会は、富士メガネ社会長のカナイ氏がこの賞に選ばれたのはその博愛的な仕事に実践的に携わり、難民の視力問題の解決に貢献してきたためだとした。委員会はカナイ氏が人道的見地からも財政的見地からも並はずれて難民支援に奉仕してきたことを認めたものである。

カナイ氏の会社は日本北部に位置する北海道にある。ナンセン難民賞は難民支援の分野で認められた個人や団体に毎年授与される。国連難民高等弁務官のアントニオ・グテーレス氏は次のように述べた。「カナイ氏のお陰で、悲惨な状況で生活している何十万人もの難民が人生に新たな視野を見いだすことができた。視力とは大変かけがえのない恵みであり、視力を取り戻すことで個人の生活は画期的に変わる。老若に学ぶことを可能にさせ、社会の中で孤立してしまうことを防ぐのだ」。

自らも第二次大戦後の混乱でサハリンから流民になった経験を持つカナイ氏が人道目的でメガネを作るようになったのは1983年、タイで、避難の途中でメガネを壊したり無くしたりしたインドシナ難民のためにメガネを作ったのが始まりだ。彼らの多くは合衆国に定住するための事前学習課程を過ごしていたところで、勉強のためメガネを必要としていた。カナイ氏が彼らの視力検査を行い、これが息の長い難民支援に携わることになったきっかけだ。

カナイ氏は1984年、国連難民高等弁務官事務所との協力を始めた。難民を助けるため、これまでネパール、タイ、アゼルバイジャン、アルメニアなど24ヶ所以上を訪問してきた。彼は108,200本以上のメガネとメガネ製造機器を提供してきた。また、このための寄付も行いながら地元の医者を教育・指導してきた。

弁務官事務所とのパートナーシップでいえば富士メガネ社は最も長い歴史を持つ。カナイ氏の家族と社員もまた、富士メガネ社の救援訪問に参加する。70人ほどの社員はこの救援訪問の一部を引き受け、自分たちの休暇を各地の難民キャンプでの奉仕活動に充てている。

1954年に創設されたナンセン難民賞の名は、自らも難民で、北極探検家として名を馳せ、初代難民高等弁務官になったノルウェーのフリチョフ・ナンセンから取られている。

カナイ氏以前にこの賞を受賞した人々は、エレノア・ルーズヴェルト(アメリカ元大統領夫人)、国境なき医師団、オランダのジュリアナ女王、グラーサ・マシェル(モザンビーク元教育文化相)などである。昨年の受賞者は「ブルンジの天使」とも呼ばれているマルゲリート・バランキッツェ(NGO「メゾン・シャローム」指導者)で、家族と離れ、戦争と高いエイズ感染率で生活が崩壊している子供たちのために貢献してきた功績を称えられ、授与された。

ノルウェーとスイスから出る賞金10万ドルの難民支援金を含むこの賞は、受賞者の難民プロジェクトの一つに対し、高等弁務官自らの選考で選出される。カナイ氏は10月上旬にジュネーブで行われる選考実行委員会年次総会での授与式でこの賞を授与される予定。


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( 翻訳者:吉村 かすみ )
( 記事ID:2944 )