アーシューラー:午後の礼拝でイランの人々の悲しみは頂点に
2007年01月30日付 Jam-e Jam 紙

【イラン国営通信IRNA】イマーム・ホセイン殉教哀悼団が、イラン各地で、カルバラーの殉教者たちの指導者でありセイエド[預言者ムハンマドの子孫]であるイマーム・ホセインの最期の礼拝を記念し、アーシューラー午後の礼拝を行った。

イマーム・ホセインの喪に服する人々は、殉教者の指導者であるこのセイエドへの哀悼の儀を行った後、その最期の礼拝を記念し、正午と午後の集団礼拝を行った。この儀式では、人々、特に喪に服し哀悼を示す若者たちが詰め合いながら列を作り、全国各地の町や村の金曜礼拝の導師や集会の導師たちに自らのホセインに対する敬愛をアピールしながら儀式を行った。

鉢巻に黒服姿の礼拝者たちは、喪に服し悲嘆に暮れながら、地面に額づき、敬意を表し頭(こうべ)をたれ、心を込めて「神に讃えあれ!」と唱えていた。

一般道で喪に服していた哀悼団は、ムアッズィン[礼拝呼び掛け人]の「アッラーは偉大なり」の声を聞くと、立ち止まり、場所を詰めて並び、信仰への愛と神の道への献身に満たされた心でアーシューラー正午の礼拝を行っていた。

集会の導師たちも、慈愛に溢れた儀式が終了した後、ニネヴェ砂漠の事件と殉教者の長、イマーム・アリーの子イマーム・ホセインとその忠実な友人たちが目指したものについて演説し、モハッラム月とサファル月の日々(注)への敬意を保つこと、善行の行いという立派な宗教的義務の回復と普及、および不法行為の禁止の必要性を群集に強調した。

訳注:アーシューラーは、ヒジュラ暦第1月であるモハッラム月の10日にあたる。翌月のサファル月20日は、イマーム・ホセイン殉教後40日目に当たる。この日は、アルバイーン(アラビア語の40)と呼ばれている。40は、イスラームでは聖なる数字であり、預言者ムハンマドが啓示を受けたのも40歳の時であったとされている。またサファル月28日は、預言者ムハンマドが逝去した日である。

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( 翻訳者:Fri3Class )
( 記事ID:10063 )