コラム:レバノン次期大統領選挙の意義、及び米外交政策批判
2007年10月10日付 al-Quds al-Arabi 紙
■ 斜陽の帝国主義に対抗するレバノンの民主主義
2007年10月10日付クドゥス・アラビー紙(イギリス)HP論説面
【ムターア・サファディ】
アメリカが画策し決定した事をアラブが実施する。命じる者と命じられる者、残念ながらこれが、双方が逃れられない関係の現実である。アメリカはその帝国主義の命運をアラブ第一の富である石油に結びつけ、そのため、アラブは政治的独立を守る事もできず、現代の人間生活において決定的な戦略的財産を盗まれても成す術がない状況に閉じ込められている。米上院がイラク分割という帝国主義的決議を発するなど、アメリカは内実ともに世界政府の役割を果たしている。イラクがアメリカ軍の占領国となっただけではなく、アラブ・イスラム世界の領土全てが、国際的に優位に立つ中心勢力に運営される属国となっている。ブッシュ政権は口先では上院決議の適用を拒否し、バグダードのマーリキー政府にそのような指令を下すという決定はしていない。しかし、上院決議に先立ち、占領を行ったその初日から、分割を事実として押し付けられるような物理的、社会的、心理的環境は整えられてきた。上院決議は、統合された独立国家としてのイラクを計画的に破壊したその総計として現れたようなものである。イラク社会は、様々に異なる信仰、人種を背景に人為的に統合されたものであったので、それらの違いが、何処の現代社会でもあるような問題を引き起こさなかったわけではない。しかしそれらは、宗派や人種の違いを理由に市民同士が殺戮を繰り返すような状況をもたらすような問題ではなかった。イラクの現状には占領軍の諜報機関がお膳立てした部分がある。彼らは、南米への血なまぐさい政治的介入の歴史から得た情報、並びに、パレスチナの存在意義を組織的に破壊し、継続されるインティファーダを阻止しようとしてきたイスラエルのモサドの収穫から利益を得ている。
アメリカはイラクを分割し、合憲的なその外枠しか残さなかった。連邦制などと用語を違えてみても、事態は、いわゆる政治勢力にとり看過できないものとなっている。分割により利益を得るのは占領者と彼らを支援する様々な政府であり、戦略的実情は最早明らかである。基本路線は、大量の死者を出す武器の使用を正当化するような宗派間の不和を煽る事である。それらによる死の醜悪さは理性ある人間をして恐れさせ、大きな集団を小さなグループへと分裂させる。最悪の戦争は内戦である。アメリカは、イラク分割を命じたのみならず、東アラブ全体をその分割地図で覆うつもりでいる。計画し命じるアメリカは、将来的にアラブには実施の任務さえ与えないだろう。既に彼らの道具と化しているアラブの指導層が、各段階を忠実に実行するので。イラクだけがその例ではなく、周辺も主人アメリカの命令とその実施にさらされ統合体として弱ってきている。パレスチナで第二の分割が起きた。ユダヤ・アラブ間ではなくパレスチナ人同士の間である。分割の最初の実験地であり、内戦を経てそれに抵抗してきたレバノンも再び、帝国主義的指令のサイクルの中に陥った。シリア体制による委任統治の終結と主権回復の象徴たる「レバノン杉革命」をもって新たな独立を宣言したはずの国では、この革命の国家的目標が乗っ取られた。それは、中東計画の宣伝キャンペーンの中で、新たな分割主義的イデオロギーの道具と化した。従ってレバノンは、その最初の場所、地域の闘争地図の中心的存在へと立ち戻ってしまった。イラク侵略とイスラエルによるレバノン攻撃の間で、帝国主義はその軍事的失敗を認めようとしない。イラクでの戦いが帝国主義の世界的野心を体現する一方で、大統領選挙を控えたレバノンに対しては、ホワイトハウスに従う適役を押し付けたいという野望も露である。レバノンの大統領選挙に関わる戦いが、アラブ地域における帝国主義的プランの政治的運命を決するだろう。
(中略)
ビジネス、観光の中心地として、またその現代的生活様式で知られるレバノンだが、政治的には未だに古い慣習に捕われている。今日、その国は公的な自由を得ているが、世論の集合体としての国民的選択肢と、特定派閥の利益とをどのように区別すべきか知らない。テレビ画面や各種の新聞のヘッドラインを飾る政治指導層は、大統領選に限ってはアラブ地域あるいは国際機関による介入を否定するという事で合意した。しかし国民の誰もが承知しているように、彼らはパイの外皮を分けて、各々が中身の取り分を確保しようとしているに過ぎない。レバノンの政治家というのは与党であれ野党であれ、政治においては内外を区別しないという習慣があり、これは、レバノンの世界に向かう姿勢としては良いサインかもしれない。しかし、この世界志向は常に矛盾した闘争や対立に巻き込まれてきた。アメリカ的なものが世界性としてレバノンに押し付けられ、アメリカが介入すれば他はできないという状況は問題である。一派閥によるのではなく全レバノンによる選択としての「合意による大統領」が求められているにも関らず、「反逆的大統領」を国会多数派に強制するような行為は、レバノンの自由の差し押さえである。反逆的大統領は、国民の過半数に反対するような国家運営を行い、その任務は、抵抗運動の撲滅になるだろう。昨年7月の戦争で、アメリカとイスラエルが達成できなかった任務である。一方、合意による大統領とは、対立する二派双方が腹蔵なく合意できる人物を指す。実現すれば、アメリカがレバノンの将来を乗っ取る事を防ぎ、主権を回復し実効的な民主主義を樹立できる。合意を得るには、政治指導層による譲歩の他に国民投票という手段があり、これが、エルサレムの日を祝う場で反体制派指導者ハッサン・ナスラッラーが述べた事である。
宗派体制の根幹を揺るがす真の民主主義によりレバノンの危機を救うのに、これは良い機会ではないだろうか。しかし帝国主義は、いたずらに解決困難な危機を作り出している。彼らは計画したり国際機関を通じてアドバイスするなどの手順を経ず、直接働きかけるようになってきた。米イスラエルと直接顔を付き合わせるようになったからには、反体制派は国内的に紛糾している場合ではない。この第二ラウンドでは、アラブ、欧州あらゆる方面が外交諜報様々の形で圧力をかけてくる。昨年7月の軍事侵攻に匹敵する政治力による攻勢である。悪くすれば、それはレバノン独立を挫くのみならず、抵抗勢力の時代を終結させることになりかねない。特にパレスチナは、益々その歴史的な問題としての意義を失い、激しく不利な交渉の壁に取り囲まれて萎縮する事になる。しかし、もしレバノン国民の大多数が、政治的に自立した大統領を選出しこの苦境を克服できれば、米イスラエルに屈せずに済む。抵抗勢力の存在や宗派間の軋轢は、真の民主主義を標榜する全レバノン人による、新たなレバノン杉革命により消滅するだろう。世界史におけるアラブの平和の日の出は、帝国主義の没落と同義である。
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( 翻訳者:十倉桐子 )
( 記事ID:12120 )