20世紀初頭のレバノン人作家によるパレスチナ問題の見方
2007年10月31日付 al-Quds al-Arabi 紙

■ ミーハーイール・ヌアイマとパレスチナ問題

2007年10月31日付クドゥス・アラビー紙(イギリス)HP文化面

【スーフ・ウバイド】

ファウジーヤ・アル=サッファール・アル=ザーウィク博士が、現代アラブ文学における自伝をテーマに、ミーハーイール・ヌアイマ(1889-1983、レバノン出身、米国で文人として活動)の著作を分析した研究書を出版した。チュニス発行の本書は、自伝という分野の研究に新たな視野を開くものであるが、その終章に、ヌアイマによる「ユダヤ王国パレスチナ」と題されたテキストが収められている。これは、同博士の研究素材となったヌアイマの本に元々含まれていたが、後に別にされ、ヌアイマ全集に収録されて公表された。日付は1915年4月29日となっており、当時の著者は弱冠26歳、合衆国のアラブ紙「西洋鏡」のために書かれたエッセイである。めまぐるしく動いた国際世論、アラブ、パレスチナに関する意見を臨場感をもって捉えており、85年以上たった現在読んでも、ヌアイマのパレスチナ問題に対する危機意識が伝わってくる。また、前世紀の初めから、文学者の間には、アラブ民族のアイデンティティ擁護に参加するという意識があった事も分かる。

(中略)

以下原文からの抜粋である。

「ユダヤ王国パレスチナ」

英国が、その庇護の下、パレスチナに独立のユダヤ王国建設を構想しており、その可能性が日に日に大きくなっている。(我々ユダヤにとり)、疑いようもなく非常に重大な事であり、実現すれば、同胞、特にロシアで迫害されている人々にとっては、計りしれない利益となる。トルコの参戦により、その領土の分割は遅かれ早かれ起こると予測される。これは、聖地におけるユダヤ共同体の現状に決定的な変化をもたらすだろう。今のところ我々としては、この期待すべき転換が、我々の良き将来のため新たな礎とならん事を祈るのみであるが。

このような文章とそれに似た多くの記事が、世界中のヘブライ語、あるいはそれ以外の言語の新聞に登場している。何処かで生まれ育ったひとつの考えが、稲妻のように東西南北を駆け巡ったのであろうか。この度の戦争は、世界を預言者と夢占い師で満たしたようだ。しかし、イスラエル独立とその祖先の地への帰還を語る預言者には、ユダヤ人とそれ以外の人々からなる何千、否、何百万という支持者が従っている。その預言は、ある人々にとっては宗教的に、また別の人々にとっては政治経済的に、訴えるところが大きいからである。

宗教的にこの事態を見るユダヤ人達は、三千年の時を越えて、ヨシュア、エレミア、エゼキエル、ダニエルが彼らに語りかけるのを聞く。そして、待ち望んだメシアが、選ばれしユダヤの民を約束の地へ導きシオンを蘇らせるビジョンを抱く。この頃の彼らは、神の手が彼らにしか分からない言葉を綴るのを見ている。それは、イスラエルよ、汝の天幕へ帰れと告げる。イスラエルは、アブラハム、イサク、ヤコブから受け継いだ才をもって装備を整え道をならしてきた。彼らに授けられた財を蓄える才能により、その預言者たちに従うのである。そして今、イスラエルは、兵士達の屍と塹壕の間からシオンが、時代の栄誉を担いダビデとソロモンの栄華に包まれ、天使に守られて立ち上がるのを見る。イスラエルは感動に打ち震え、その胸は希望と喜びに満ち溢れる。

ユダヤ教徒らのビジョンはこの様であり、彼らはこの様に語る。では、キリスト教徒はどうだろうか?イエスは、預言や夢を成就させるためではなく、助けを求める人々を癒しその重荷を取り除くために現れたのだという解釈を拒否する人々がいる。彼らは、過去、現在、未来、全ての出来事を預言に当てはめようとする。このような人々に、現下の戦争について訊くと、あれこれの本から引用した数字を示される。指揮官や砦の名、軍や戦闘の数、その理由などによって戦争の詳細を全て説明してくれる。こんな人々が、宗教心の余り、イスラエル王国の再生という考えて頭を一杯にしているというのはどうだろうか?

他のユダヤ教徒たち、例えばこのワシントン在住の人々などは、現在居る場所に留まる方を好むと言う。しかし多くの人が、ユダヤ王国の樹立により彼らの政治経済社会的問題が解決すると見なしている。他の民族の間で暮らすユダヤ人が遭遇してきた、あるいはこれから遭遇する嘲笑や蔑みや迫害を想像できる者なら誰でも、そのユダヤ人が、あらゆる手段で自分達の国に住もうと努力するのを非難することはできないだろう。そこでは彼らは、他からの憎しみや侮蔑に晒される事なく、自らの宗教と人種を恥じることなく公にできるのだから。

ユダヤ人と共存している民族国家はといえば、特にロシアは、この悲願をかなえてやり、自らの領土と国民にとって重荷である彼らと手を切りたいと思っている。中でも英国は、新聞が度々指摘しているように特別な政治目的を有している。つまり、パレスチナをそのアジア・アフリカに隣接する領土として残したい。それが名目的に独立した民族の手中にあったとしても、彼らは戦争ではなく商業で名をはせている民なので、英国にとっての脅威とはならない。もしイスラエルがその経済力により軍事力も強力であったとしても、英国と比べると無きに等しい。

このように世界の強者達、この世の政治指導者らは合意している。そう我々は聞くし、新聞もそういっている。しかし、我々の新聞は沈黙している。我々は黙ってきた。

戦争の後、この預言は成就するかもしれないし、しないかもしれない。しかし、現在確かなのは、世界がこの預言を広めており、それを賞賛しているという事だ。そして、その実現に向けた努力が為されている中、我々は聞かず語らずを通している。まるでこれが我々には無縁の事であるかのように。あるいは、まるでパレスチナがモンゴルの一角かフィリピンの小島にあり、我々が属す国々の一部ではないかのように。そこの民は我々の民ではなく、そこに我々が休息所を持たないかのように。このような怠惰、このような無力があろうか?

地上の王国の幾つかは、パレスチナを文明も生命も無い荒野だったとしておく事に益を見出した。そうであれば、それを独立王国にするには、ただ数千のユダヤ人を住まわせ、彼らの上に王を置き、彼らに、「この地を耕し収穫せよ、そして海岸の砂のように産み増やせ」と言えば良いだけだ。しかしパレスチナには、そこで生まれ育ち、父祖を葬ってきた数百万の人々が住んでいる。

彼らはそこを祖国と呼び、世界中の何処にも、神から授かったこの一片の土地に値する場所はないと考えている。そこで生まれ、その同じ場所で没する。その空の下で夢を追い、その地で喜びも悲しみも覚える。彼らとその祖父の手がその地を開拓してきたのだ。彼らの骨が地を肥やし、額の汗が根を潤した。

いかなる法、宗教、あるいは権利があって英国、あるいはその同盟国は、ユダヤ人をパレスチナに連れて来て、その先祖が二千年前ここに住んでいたのだ、などと言うのか?その地を先祖から受け継いだ故にそこは彼のものだ、あなた(パレスチナ人)は、こちらの権利を侵害しているのだから他の土地を探しなさい、などと?イギリス人の先祖は、カナダやオーストラリア、あるいはエジプトやインドに住んでいたのか?一体どういう訳で、それらの土地に彼らの権利があるなどと思いついたのか?

自由と弱者の権利を守るためだと言ってこの戦争を始めた英国が、数百万人を彼らの希望や財産もひっくるめて、人種も言葉も異なる見知らぬ民族に奴隷のように売りつける。英国の政治目的にかなうから、あるいはユダヤ人はパレスチナに父祖から受け継いだ権利があると信じているので。その理屈は、おかしくないだろうか?我々に起こっているのはこういう事だ。英国が計画を実行に移し、ユダヤ人がパレスチナの農夫から土地を買う。彼らが商売と政治の手綱を握る。哀れな農夫は彼らのいいようにされる。奴隷制の悪である。パレスチナの農夫が、ユダヤ人に、産業、農業あるいは知識や政治の分野で太刀打ちできるだろうか?

英国が、いや全世界が、パレスチナとその住民をユダヤ人に、彼らの政治的野心と宗教心のために売りつけるという大罪を犯している。英国が、国際的な目的のためにパレスチナを独立させたいのなら、何故、その民の下でそうしないのか?パレスチナ農民の力は、ユダヤの反逆ほど英国を脅かさないのに。しかし、ここで私は自問する。パレスチナを祖国と呼ぶ人々の不満の声にこれまで耳を貸す事の無かった英国が、パレスチナを売ったからといって、何故我々は非難するのか?

そう、何故我々は英国を非難するのか?この問いに答えてくれるパレスチナの兄弟はいるだろうか?

ヌアイマのテキストはここで終わっている。筆者のインクがまだ乾ききらないような気さえする。現在の我々は、未だに同じ場所で躊躇っているのではないか?

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( 翻訳者:十倉桐子 )
( 記事ID:12309 )