イスタンブルはこの60年で何が変化したのか?
2007年11月10日付 Yeni Safak 紙

アフメト・ムラトが執筆した『記録されなかった記憶』は1940年代のイスタンブルとベシクタシュに焦点をあわせた回想録である。この本で著者は読者の手を取り、あたかもイスタンブルの一つ一つの街路ごとにいざなってくれるのだ。

イスタンブルに関しては今日まで数知れないほどの本が書かれている。ヤプ・クレディ出版から出たアフメト・ムラトの『記録されなかった記憶』は、イスタンブルを、思い出によって語るというスタイルで説明しており、こうした点でイスタンブルに関する本のなかで評価されるにふさわしいものとなっている。
1940年代、そしてこの時代のイスタンブルは、大抵は忘れさられ、その記憶が語られることはない。同時に、その時代のイスタンブルとは最も多く語られており、また最も多く説明されることを望まれてもいるのである。今日までに書かれた多くの本がドキュメンタリー風であることを思えば、アフメト・ムラトの『記録されなかった記憶』は、この点で他の本とは異なっている。著者は、暮らした街を、そしてその中でも最も大切に思うベシクタシュを、街区から街区、家から家へと説明し、さまざまな記録やすべての公的な言説や文書とは距離をとりながら、失われた歴史を読者に提示している。

■居間に洗濯機
著者は、この本の中で映画館に比較的多くの紙幅を割いている。ベイオールにある映画館や映画は、種類や印象によって分類されている。そしてその一例が次の記述である。「哀れを誘うアラブの映画は、当時もっとも人気のある作品であった。苦しみに耐えしのぶのが好きな社会であったため、映画の中に長々と涙する場面があると、異常なほど満足していたものだ。映画の最後に涙を流していない人を見ることは難しかった。」

洗濯機が各々の家庭に最初に入った頃、居間に置かれていたこともこの本から知ることができる。一緒に読んでみましょう。「我が家の最初の家電は、ミーレ社の洗濯機だった。確か40年代の終わりごろに購入した。イスティクラル大通りにあるチチェキ・パサージュとサフネ通りの間に当時あった販売店から500リラで買ったのだった。家の中はまだ家電を置くようにはなっておらず、洗濯機はダイニングルームに置かれていたのであった。」

飲食に関する思い出が述べられている個所でも、イーデ(ロシアンオリーブ、グミの一種)が普通に食べられていたことに加えて、バッカルのショーケースの中にさえ置いてあったと書かれている。イナゴマメもその当時、少なくともイーデと同じほど需要があったらしい。
『記録されなかった記憶』は、イスタンブルは60年で何が大きく変化したのか、社会生活、建築、そして芸術に対する意識がいかなる変容を遂げたのかを目の前に示してくれている。

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( 翻訳者:幸加木 文 )
( 記事ID:12443 )