コラム:レバノン情勢、ヒズブッラーと与党の抗争
2008年05月10日付 al-Quds al-Arabi 紙

■ レバノンで雪だるま式に膨れ上がる暴力

2008年05月10日付クドゥス・アラビー紙(イギリス)HP1面

【アブドゥルバーリー・アトワーン(本紙編集長)】

過去四日の出来事によりレバノンにおけるパワーバランスの真相が露呈された。サアド・アル=ハリーリーやワリード・ジュンブラートら与党指導者達は、気づけば自宅を包囲されており軍に護衛を求める事もできなくなっていた。つまり、優位に立ち自らの意図を強制し得る勢力が国内に存在するという事だ。

与党側がこれを知らなかったわけではない。彼らは兵法上の現実(野党側の軍事的有利)の詳細を承知していた。それでは何故彼ら、与党側は、ベイルート空港保安局長ワフィーク・シュカイル中佐を放逐し、ヒズブッラーの通信網やカメラ等を違法として撤去させるような、高圧的手段を用いたのか。

与党指導者全員がひどく素朴な考え方をしていたとしたら話は別だが、それは有り得ない。とすれば、外部勢力が彼らに緊張を高める事を要請したと考えられる。ヒズブッラーを消耗戦たる内戦に引きずり込むためである。

アラブ穏健派の間では、レバノンの武装抵抗勢力を粛清すべしという合意が成立している。米イスラエル双方の意に適う合意である。彼らが各々、レバノンにおける自分の同盟勢力を唆し、ヒズブッラーが国内問題で武力行使に走るよう仕向けたという事は充分考えられる。そうすれば、イスラエルに占領されたレバノン領土解放のためではなく、レバノンを支配し合憲的な制度を転覆させるために武力行使を行ったとしてヒズブッラーを糾弾できる。

彼らはレバノンを国際管理下に置きたがっている。セニョーラ氏率いる合法的政府を救済するとの名目で軍事介入する隙を、合衆国、イスラエル、フランス、そして幾つかのアラブ諸国も狙っている。米戦艦は未だレバノン海上沖に留まり即座に介入する機会をうかがっている。しかし介入は、とてつもなく高くつくだろう。

米イスラエルは、合法的理由なしにレバノンの抵抗勢力に宣戦布告はできない。すっかり信用を失った米政権はこれ以上虚言を弄する事ができず、また、レバノン戦線はしばらく静かであった。国連暫定監視部隊は国境監視の任務を完璧に遂行し、抵抗勢力による越境行為も記録されていない。逆に、断続的にレバノン領空を戦闘機によって侵犯しているイスラエル側の越境が数度認められた。

本日開催の緊急アラブ外相会議は、ライス国務長官が打ち立てたアラブ穏健派枢軸の二大中心勢力エジプトとサウジの呼びかけで行われる。レバノン危機国際化の第一歩である。これが、米イスラエルの軍事介入に、アラブによる合法的決定という隠れ蓑を与える。そして、イラン、シリアを引きずり込む地域戦争の前哨戦とするだろう。

エジプトの報道官は、イランの支援を受けた勢力がレバノンを制圧するのをエジプトは見過ごすわけに行かないと述べたが、これはレバノンの抵抗勢力に対する宣戦布告であり、軍事介入の意図を示している。この報道官が、アメリカに制圧されているイラク、イスラエルに占領されているパレスチナに同じ事を言わないのはどういうわけだろうか。ガザを包囲しそこから燃料を絶ち、イスラエルには低価格でガスを供給するようなことを、どうしてエジプトは見過ごせるのか。

アラブ地域に二大勢力があることは否めない。シリア、イラン、ヒズブッラー、パレスチナ抵抗諸派が適用する選択肢を取る側と、穏健派アラブ諸国のように米陣営に組し、その中東戦略、イスラエルの軍事的優位の確保を支持する側である。

抵抗という選択肢を固持することによりハマースはガザを、ヒズブッラーはベイルートを支配した。対する相手、米陣営に組する方が実質的に失敗を重ね、一般大衆の支持を失ったからである。アメリカを支持するアラブが、その対テロ戦争に参加し、アメリカのイラク侵攻に際しては実際的支援を行い、イスラム系組織の摘発に全力を挙げるなど、無償で多大な奉仕をしてきたにも関らず、イスラエル入植地は一つも解体されず、西岸の700に上る検問所は一つも撤収されない。

ヒズブッラー、そしてハマースがイランの支援を受けているのは事実である。そのうえで、イランが前者を通じてレバノンを支配し、後者を通じてパレスチナへの足がかりを見出したとしたら、米構想に追従するばかりで失われたアラブの尊厳を取り戻そうともしない公式アラブ政権の無能が責められるべきである。イランが何事か企てている。トルコも、そしてインドも中国も。しかしアラブには構想と呼ぶべきものは全くないのである。

穏健派枢軸がそう見せかけようとしているが、レバノンの戦闘はスンニー派とシーア派の対立によるものではない。抵抗派と降伏派、アラブ共同体に対するアメリカの戦争を支持する側とそれに対陣する側、イスラエルに打ち勝った側と負けた側の戦いである。圧倒的にスンニー派が多いパレスチナ人は、シーア派あるいはヒズブッラーに何ら敵愾心は抱いておらず、それどころか少数を除き彼らを支持している。北アフリカ、地中海東部のアラブの人々の大部分にこれが当てはまる。従って、シーア派あるいはヒズブッラーを悪者に見せかけようとする執拗なアメリカの試みは失敗に終わっている。過去に左翼を悪者扱いしようとした時と同じである。

現米政権は、宗派主義という新種のウィルスを広めようとしており、同盟政権を使ってイラクの宗派モデルをアラブ圏一帯に移植するつもりである。アメリカは、イラクではスンニー派に対抗するためシーア派と手を結び、レバノンでは逆をやっている。彼らは、スンニーであれシーアであれ全ての抵抗勢力を敵としている。

アメリカが敵味方を分ける基準は、アラブ圏における米構想の足がかり、つまりイスラエルである。イラクで起きたようにイスラエルに挑み抵抗を宣言する者は、宗派に関係なく不倶戴天の敵であり罰せられ孤立させられなければならない。イスラエルとの共存を受け入れ、それを抹消しようなどと考えず、アメリカのイラク占領を支持するのが、アメリカが支援してやるべき同盟国、友好国である。

レバノンに中立は有り得ない。焦点となる地域、その治安、資源、政治信条が標的とされる地域にあって、地域的、国際的な繋がりを持つ宗派派閥が絡み合う勢力配置と、その多くが雇われ者の腐敗した政治指導層の元で中立は不可能である。しかもレバノンは、闘争を続ける二大勢力の中間に位置する。つまり、地域に植えつけられ敵なくして生きることのできないイスラエルと、自らを歴史的地理的、そして戦略的中心とみなすシリアである。

レバノンが平穏と呼べる短い時を過ごしたのは、その多くがヘブライ国家の成立以前であった。過去10年の静けさも、シリアとサウジの合意、アメリカの恩寵、イスラエルの看過の結果による作為的なものといえる。いまやサウジ・シリア合意は破綻して敵意がむき出しになり、アメリカの恩寵は気化した。イスラエルは、2006年7月に粉砕された軍の威容回復の望みをかけて戦争の準備をしている。現在の緊張状態はこのように説明できる。

この危機が近く打開される見込みはない。暴力という発想は日々膨れ上がるだろう。アメリカとイスラエルが、イラン、シリアを戦争に引き込むべく、あの手この手で治安的混乱を欲しているからだ。レバノン市民が例外なく、この悪魔的企ての犠牲となるわけである。

繰り返される「対話に戻れ」という言葉、あるいは壊滅的戦争から国を救えなどというアピールは、役に立たなさそうである。残念ながらレバノンは、アラブ間のそして国際的闘争におけるパワーバランスを映し出す鏡としては極めて信頼できる。そのため、国内での合意も外部の合意なしには実現されないのである。誠に遺憾ながらレバノンは道具である。その決定が独自になされた事は1日足りと無く、その体制は相対的にしか面目を保てない。それゆえ将来のビジョンはただ暗い。

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( 翻訳者:十倉桐子 )
( 記事ID:13779 )