庶務担当補佐役であるファフレッティン・オズデミル氏は、元々は大統領府ではなく首相府に勤めていた。大統領府で働き始める以前は、エルドアン首相の側近として、エミネ首相夫人の料理を除いて、首相にどこで何が提供されるのかについて最も影響力のある人物であった。首相府の人々からは「親方」というあだ名で呼ばれていた。
レジェプ・タイイプ・エルドアン首相とともに働いていたとき、アブドゥッラー・ギュル氏の大統領就任を受け大統領府への異動が決まった。オズデミル氏は、現在大統領府において補佐役のセリム・アタイ氏とともに国内外を忙しく駆け回っている。アタイ氏が携帯している黒色の特別な鞄の中には、大統領専用の国旗マークがついたガラス製のコップと陶磁器の食器が入っている。飛行機の中で、またはどこかを訪問する合間の小休憩などで、大統領に飲食物の提供が行われる際このコップと器が使われている。
● 教育はない、しかし
オズデミル氏が基本的に目指すところは、大統領のバランスの取れた食生活である。例えば、大統領に対して同じ日に昼食と夕食の双方で牛肉や羊肉が提供されることを阻んでいる。同氏は、トルコ共和国において最初は首相が、その後には共和国大統領が、仕事の性質上、最も信頼している人々のうちの一人として職務をこなしているが、元々食物に関するしっかりとした教育を受けた人物ではない。
彼は言わば実地で学んだ人物である。サムスン高校卒業のオズデミル氏は、食物に関する仕事を社会施設などで、または厨房や運営の中で働きながら学んだという。アナトリアクラブのビュユクアダ支社で1986年から1994年までの期間働いていた同氏は、エルドアン氏が1994年3月27日のイスタンブル広域市長選で市長に選出されると共に政治の世界で知り合った。
1994年から1999年までの間は、「イスタンブル市社会施設責任者」であった。2002年には、短期間ではあったが、アマスヤのとある温泉施設の総支配人も勤めた。
同氏は、2002年11月3日、公正発展党(AKP)が与党となると共に、エルドアン氏がアンカラへの異動を命じた「子飼い集団」の一人となった。2002年から2003年までは「公正発展党飲食物部門責任者」としてエルドアン氏の側で働いた後、2003年から2007年までの期間は首相府の一員として働いた。
● 共和人民党(CHP)からの批判
もちろん、これ程大統領の近くに常にいるとなると、批判の標的にもなる。共和人民党は、最近ギュル大統領に向けた批判でオズデミル氏についても言及した。共和人民党員たちは、オズデミル氏に対し、皇帝の食事を味見する宮廷吏の職名である「毒見役頭」という表現を使っている。
共和人民党のイスタンブル選出国会議員であるアリ・トプズ氏は、オズデミル氏の職務について、「オスマン帝国時代の宮廷の伝統に憧憬の念を抱いている」という批判をしている。
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( 翻訳者:指宿美穂 )
( 記事ID:13920 )