イスタンブル爆弾テロ事件の犯人逮捕―犯行は、PKK
2008年08月03日付 Hurriyet 紙

ギュンギョレンで胎児1人を含む18人を殺害し、クルド労働者党(PKK)メンバーであることが明らかにされたヒュセイン・トゥレリと7人の共犯者が昨日逮捕された。トゥレリは、爆弾を携帯電話で爆発させ、そばにいた5人とともにその模様を見ていたと述べた。

ギュンギョレンで17人と1人の胎児の死亡の原因となった爆弾を設置した犯人と、その手助けをした7人が昨日(2日)、逮捕された。容疑者の1人、26歳のヒュセイン・トゥレリが爆弾を携帯電話で爆発させたことが明らかになった。分離組織PKKのメンバーの爆破犯が5人の仲間とともに爆発とそれに続いて起こったことを眺め、その後に事件現場から歩いて遠ざかったことが明らかにされた。

■映像から情報を入手

先週の日曜日(7月27日)の爆弾テロのあと、諜報及びテロとの闘い部局のチームは、情報セキュリティシステム(MOBESE)と職場の監視カメラから得られた映像と携帯電話の通話を詳細に調べた。チームは、カメラの映像から事件現場で爆弾犯ヒュセイン・トゥレリと彼を手助けした5人のテロリストを見つけ出し、その後県警の保管写真から身元を割り出した。テロリストたちが仲間内で行なった会話も確認された。爆弾を爆発させた携帯電話の発信も確認された。イスタンブル警察は、テロリストの身元を明らかにした後、先週の水曜日(7月30日)に同時に作戦を開始した。ギュンギョレンとバージュラルでトゥレリと他のテロリストたちが逮捕された。

PKKの爆破犯トゥレリは、北イラクで爆破の訓練を受け、3ヶ月前にイスタンブルに送られたとされ、あるPKK支持者の家に潜伏していた。TNT火薬の塊が運び屋を通してヒュセイン・トゥレリに送られた。携帯電話仕掛けの爆弾をこの家で準備したヒュセイン・トゥレリは、作戦のためギュンギョレンで調査を行なった。トゥレリと彼に同行したテロリストたちは目標として、人がたくさんいるという理由でメンデレス通りを、時間帯も通りの最も混む夕方を選んだ。

トゥレリは、先週日曜日に5人のテロリストとメンデレス通りに行き、爆弾が入った2つのかばんを間隔をあけて通りに置いた。トゥレリは2つの爆弾を確認できる場所にとどまり、最初の爆弾を携帯電話で爆発させた。爆破犯は十分に人が集まるのを待ってから2つ目の爆弾を爆発させた。殺人者たちは、20分間惨事を眺め歩いてその場から離れた。

■ 自供に時間がかかった

逮捕された後PKKメンバーの爆弾犯ヒュセイン・トゥレリに、県警で爆発直後に撮られた映像がみせられた。PKKの爆破犯たちは、惨事の模様を見てショックを受け数時間話さず、亡くなった子供たちの映像を見て自供を始めた。トゥレリは罪を認め、「組織幹部は死者は多くならないだろうと言った。だから私は作戦を実行させた」と述べて改悛の情に基づく情状酌量を望んだ。

■7人の共犯者を逮捕

裁判所に送られた10人のうち2人は釈放され、8人は再び尋問された。裁判所は、目撃者の証言により爆発前に事件現場にいたというヒュセイン・トゥレリ、ズィヤ・クラチ、アブデュルラフマン・オラル、シェラフェッティン・カラ、ジェバト・アイドゥン、アイドゥン・アーラル、メフメト・サリフ・ヤナク、ヌスレト・テビシュがPKKメンバーであるとして逮捕を決定した。

■ アタライ内相の説明

ギュンギョレンの爆発に関する進展をベシル・アタライ内務大臣が明らかにした。アタライ大臣は、ギュンギョレンでのテロが全面的に明らかにされたと述べ、「確認と有力な証拠によって疑問の余地無く事件は明らかにされ、犯人の大部分が逮捕された」と述べた。大臣は説明で次のようなことを述べた。

事件は全面的に明らかにされた。協力者、潜伏先を提供した者、そして実際に作戦に参加した者たちが逮捕された。全ての証拠が判断に利用された。事件現場の証拠も、警察組織の持つ情報やデータ、全ての経験・蓄積も使われた。4日間の勾留期間は明日早朝に終わるため、今日、勾留されている者たちと警察段階の確定事項は法廷に送られた。

2008年6月15日にベイリクドゥズの屋外喫茶店で実行された爆弾テロもこのこのように解決された。私たち皆の、被害者の家族と国民の慰めは、事件が短期間で明らかにされたこと、犯人が分かり逮捕されたこと、そして犯人たちが刑に服すことになるだろうということである。これは、流血の、分離テロ組織の残酷な非人道的な行動である。事件に多くの者が関わっている。探索した者、潜伏先を提供した者、実際に手助けをした者、爆弾の計画を整えた者など多くの人間がいる。

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( 翻訳者:永山明子 )
( 記事ID:14422 )