コラム:イスラエルとの和平ムード高まる昨今の中東情勢に対する見方
2008年10月21日付 al-Quds al-Arabi 紙

■ サウジ和平案に対するイスラエルの情熱

2008年10月21日付クドゥス・アラビー紙(イギリス)HPコラム面

【アブドゥルバーリー・アトワーン(本紙編集長)】

突如としてイスラエル首脳部は、初提案時から6年を経たサウジの和平構想を競って歓迎し始めた。防衛相エフード・バラクは、イスラエル首脳部がこの案を検討し対応を協議中であると公表、シモン・ペレスは、包括的和平条約に至るべく全アラブ世界との交渉に尽力している。「マアリヴ」紙が伝えるところによれば、「シリアやパレスチナ各々と単独交渉するのは間違いである。イスラエルは、これらの二国間のみの交渉に終止符を打ち、アラブ諸国、アラブ連盟との地域的和平合意を目指すべきである」。

目に映るとおりに受け取れば、これはイスラエルの立場に根本的変化が起きていることを示す。これまでの政府同様、現イスラエル政府も、このサウジ案への対応をだらだらと引き延ばし、真剣な協議に入る前にまず関係正常化をとアラブ側に要請してきた。しかし、アラブ首脳、特にサウジ国王に対して、故アンワル・サダトがしたように、占領エルサレムを訪れクネセット(イスラエル国会)でそれを提言せよと要求した時、彼らは明らかに行き過ぎたことをした。

現在我々は、急遽あつらえられた「新しい料理」の前にいる。それは、今週木曜(23日)のペレス・イスラエル大統領によるシャルムッシェイク訪問を皮切りにした一連のコースである。その地でペレス大統領が会見するムバーラク・エジプト大統領は、「平和主義のアラブ」であり、穏健派アラブ諸国枢軸のトップである。更にペレスは湾岸6ヶ国とヨルダンの元首とも会見する。

ここで問題なのは、イスラエルに、この突然のサウジ和平案への情熱を引き起こした要因である。これまでの6年間、同案は軽視や狡猾な態度、つまり、西岸における入植地増設、占領エルサレムの分離壁、ハラムッシャリーフ(アクサー・モスクと岩のドームを有するエルサレム内のイスラム聖域)でのユダヤ教会建築などをもってしか受け止められなかったのに。

理由はいくつかある。あるものは、現下の国際的、地域的変化に起因するもので、他は、こちらがより重要であるが、将来の戦略的野心に関係している。まず前者から見てみよう。

1.約2週間でアメリカは中間選挙を迎え、新大統領、おそらくバラク・オバマ、が誕生する。つまり、その多くがユダヤ系でイスラエル支援者であったネオコンの時代が終わり、ヘブライ国家の利益に忠実であると多くの米指導者がみなしていたブッシュ政権は去る。その意味をイスラエル首脳部は理解した。

2.現在の金融危機により、財力を政治的武器として欧米政府を動かしてきたイスラエルロビーがその力を弱めた。欧米資本主義は深刻な打撃を受け、この危機の元凶とされる合衆国と欧州諸国との溝が日々深まっている。

3.ワシントンが過去7年間行ってきたイラク、アフガニスタンに対するテロとの戦いは、現在までアメリカの国庫に7500億ドルを費やさせた。そして、資本主義世界を経済的に衰退させ、欧米以外の新興勢力、中国、インド、ロシア、ブラジルなどが頭角を現してきた主要因はこれである。欧米の多くの人々が、このような考え方に納得しつつある。

4.アフガンとイラクにおけるアメリカの戦争は完全な失敗であり、20年前ソ連が喫したような、より巨大な敗北へと欧米を導くであろうという事をイスラエルは理解した。明らかになりつつあるこの失敗は、国際的戦略バランスにおける転換をもたらすだろう。この失敗は、武装したギャング集団の戦闘能力、実地における彼らの決定権を証明し、結果として正規の軍隊は期待されなくなった。

5.2006年7月のレバノン戦争では、イスラエルの軍事的優越という説が非正規軍の前に崩された。(イスラエルの)卓越した空軍力の役割は、(ヒズブッラーの)進歩したミサイルの性能により終焉を迎えた。

6.アラブ側、特に湾岸諸国が有する強力な戦略カードは、賢く使えば世界的影響力を持つ。最たるものとしては石油が以前の有効性を取り戻した。その収入による巨大な財力は、ガス、鉱物、製造、農産物等の収益を除いて、現在年間1兆ドルにのぼると計算される。

以上の要因がイスラエルの考え方に変化を起こしえる事を充分に考慮しつつも、より重要と思われる他の要因をあげよう。それは、現在成長しつつあるアラブ側の一勢力の存在に換言できる。彼らは、シーア派のイラン、並びにシリア、ヒズブッラー、ハマースなどの各方面に対抗して、スンニー派アラブ同盟を構築し、核武装するイランの無効化を狙っている。イランの野望を挫くためなら、統一軍事戦線を形成してもよいし、経済封鎖を用い、スンニー、アラブ、非ペルシャ系などイラン国内少数派の抵抗運動を支援するなどの政策も可能である。イラク封鎖の例が良きガイドラインになるだろう。

この勢力が近年力を伸ばしてきたことを示す指標は幾つかあるが、以下に要約されよう。

1.バハレーン外相シェイク・ハーリド・アール・ハリーファが、イスラエル、トルコ、イラン、アラブを含む地域共同体を創設し域内の各種問題の解決を計ろうと呼びかけた。

2.オクスフォード・グループの招待により英国オクスフォードで、イスラエル・サウジが初めて公に会見した。イスラエル側代表は、元西岸入植コーディネーターのダン・ロスチャイルド将軍、対するサウジ側は、情報局長トルキー・アル=ファイサル王子、サウジ大使としてワシントン及びロンドンに駐在の経験がある。

3.シェイク・ユースフ・アル=カラダーウィー、サルマーン・アル=アウダ、ムフシン・アル=アワージャー等高位のスンニー派ウラマーが発するファトワが激した調子を増し、これにより反シーア派感情が煽られ、アラブ諸国のスンニー派が「シーア化」されようとしているという嫌疑を引き起こしている。テレビ局、新聞、ネット上のサイトなどで、イランとシーア派に対抗してスンニー派に従うべしと喧伝するために数百万ドルが費やされている。


米政権は、イラクのサッダームやアフガニスタンのタリバン政府にしたようにイランと戦争をして、アラブの同盟者たちを同国の核プログラムから救ってやるつもりはないと率直に述べている。つまりアラブは、イランがイスラエルにとっても敵であるという見解の元、その脅威から逃れるためにイスラエルに頼らざるを得ない。

イスラエルと同盟を結びイスラム国家と敵対するには「隠れ蓑」が必須である。アラブが、同じアラブでムスリムの国であるイラクに敵対し合衆国との軍事同盟を選んだ時と同様に。この隠れ蓑こそが、アラブ・イスラエル間の和平実現である。これは、1991年にジョージ・ブッシュ父の方が「クウェイト解放」のお題目でイラク破壊に向かう前に行ったことであり、息子の方は、父親の仕事、つまりイラク占領を完成させる前、2005年以前にはパレスチナ国家を樹立すると誓約し、同じ事を繰り返した。

我々は新たな策略の前にいる。恐らく以前のどの策略よりも危険である。なぜなら、これによりイスラエルをトップとする新たな同盟が創設され、イスラム教徒たちは宗派ごとに分断される事が予期されるからである。そしてアラブとイランの間の戦火が煽られ、結局は双方が疲弊し弱まる事となるだろう。それは、イスラエルを強化し、完全な地域的覇権を与えるだろう。そして欧米は、いかに空しく自分達が治安、政治経済面での負担を強いられたかを理解するだろう。

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( 翻訳者:十倉桐子 )
( 記事ID:14963 )