ハーシェミー=ラフサンジャーニーとモハンマド・ヤズディー:専門家会議議長選挙の意味するもの
2009年03月11日付 E'temad-e Melli 紙
アクバル・ハーシェミー=ラフサンジャーニーが、専門家会議議長の職に再任された。専門家会議の内外で、ラフサンジャーニー交代へ向けた動きが始まっていた中での出来事だった。
アクバル・ハーシェミー=ラフサンジャーニーは昨日、専門家会議運営理事会選挙で、会議に出席していたイスラーム法学の専門家79名から51票を獲得、議長職を狙って立候補していたモハンマド・ヤズディーの獲得した26票を圧倒した。
アーヤトッラー・アクバル・ハーシェミー=ラフサンジャーニーは〔イラン暦の〕昨年〔=2007年9月〕の選挙で、アリー・ジャンナティーやモハンマド・ヤズディーといった複数のライバルを押しのけて、専門家会議議長に選出されていた。これに対し昨日の選挙でラフサンジャーニーの前に立ちはだかったのは、モハンマド・ヤズディー唯一人であった。
昨日の議長選挙はハーシェミー=ラフサンジャーニーとモハンマド・ヤズディーの間で争われたものだが、投票結果から読み取れるのは、
モハンマド・タギー・メスバーフ=ヤズディー、
アフマド・ジャンナティー、及び
モハンマド・ヤズディーのグループとアクバル・ハーシェミー=ラフサンジャーニーとの間の距離である。
第4期最高指導者専門家会議の初年度、故アーヤトッラー・メシュキーニーが唯一の立候補者として、80票中71票を獲得して同会議議長に選出された。しかし、今回のハーシェミー=ラフサンジャーニー議長選出の舞台裏では、アフマディーネジャード政権支持派がキャアビー議員ならびにエスラーミヤーン議員とともに、モハンマド・ヤズディーの議長選出に向けて活発に動いていたのである〔※1〕。
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ファールス通信によると、ゴム神学校講師協会の書記を務めるモハンマド・ヤズディーは、来年ファルヴァルディーン月15日〔4月4日〕に発行予定の「ホクーマテ・エスラーミー(イスラーム政府)」誌に寄稿した論文の中で、第12代イマーム・マフディーがお隠れになっている時代にあっては、イスラーム法学者の絶対的監督権から発せられたファトワー〔教令〕にはシャリーア的な正当性が存在するとの議論を展開しているという〔※2〕。
一方、アーヤトッラー・ハーシェミー=ラフサンジャーニー公益判別評議会議長は以前、テヘラン大学アッラーメ・アミーニー・ホールで開かれたイスラーム諸宗派大学主催のシンポジウム「現代におけるエジテハード」の中で、次のような革新的議論を展開していた。「もし《専門化されたイスラーム法学》というものを認めるならば、《専門化されたタグリード》というものも認められねばならないだろう。つまり、すべての事柄に関して、唯一人の人物にタグリードしなければならないという必然性はないということだ。われわれはイスラーム統治体制において、《専門化されたイスラーム法学》の方向へと歩を進めなければならない」〔※3〕。
これに対し、ゴム神学校講師協会書記で護憲評議会イスラーム法学者委員でもあるモハンマド・ヤズディーは、〔‥‥〕もし各問題に応じて、それぞれの問題にもっとも通じた人物にタグリードしなければならない〔=従わねばならない〕のであれば、第一に〔誰がどの問題にもっとも通じた人物なのかについて〕誰が判断する権限をもつのかをめぐって、無用の混乱が生じるのではないか、と指摘している。
〔中略〕
アーヤトッラー・ヤズディーはまた、「エジテハードとマルジャ(宗教的権威)の専門化」という議論から、国の運営をめぐる主要問題に関して議論するための、「イスラーム法学評議会」のごとき評議会の設立が少なくとも必要ではないかとする推論がときに行われている、と指摘する。同師はこの種の議論に関し、次のように述べている。曰く、「もしこの《評議会》というものが《国の運営や統治の主要問題》について検討・議論・研究することを目的としたものであるならば、まったく問題はない。しかしもしこの評議会をめぐる議論が、〔最高指導評議会のような〕集団統治体制を意図しているのであれば、主権は《もっとも有識で公正で力強いイスラーム法学者》の権利であると言わなければならない」。
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〔中略〕
昨日の専門家会議運営理事会選挙では、マフムード・ハーシェミー=シャーフルーディーが〔第一〕副議長に選出された。それにより、第一副議長にも立候補していたモハンマド・ヤズディーは、結局第二副議長にまで身を落とすこととなった。
ハーシェミー=シャーフルーディーは昨年の理事会選挙では、ハーシェミー=ラフサンジャーニーの支持を受けて〔第一副議長に〕立候補した〔が落選して、第二副議長になった〕。しかし今回の選挙では前回の選挙よりも31票多い64票を獲得して、専門家会議〔第一〕副議長に当選した。他方、モハンマド・ヤズディーは56票を獲得して、第二副議長に選ばれた。なお、アーヤトッラー・ナマーズィーも副議長選に立候補したが、28票の獲得にとどまった。
今回〔第一〕副議長がハーシェミー=シャーフルーディーになったことで、専門家会議事務局はハーシェミー=ラフサンジャーニー派の支配下に入ったと言えるかも知れない。
訳注
※1:この文章が意図しているのは、メシュキーニーが存命中、専門家会議議長選挙はほぼ無風状態で行われ、メシュキーニーが議長に選出されていたが、メシュキーニー死後は政治的・思想的対立が専門家会議議長選挙にも影を落とし始めた、ということ。
※2:「イスラーム法学者の絶対的監督権」とは、「公正で有識のイスラーム法学者(最高指導者)」には預言者やイマームが担っていた「統治」の権限が受け継がれており、彼は「統治令」という形で、イスラーム法を越えて「統治」と「公益」のための命令を下すことができる、というホメイニーの考え方。ホメイニーは、「神の使徒の絶対的監督権の一つである統治」は「イスラームの本源的法規範の一つ」であって、「礼拝や断食、ハッジ」の義務に優先すると述べている。
なお、「第12代イマーム・マフディーのお隠れ」とは、イスラーム共同体を指導すべき真の正統的指導者である第12代イマームは現在お隠れになっており、最後の審判の直前に再臨するとする、十二イマーム・シーア派の基本的信仰の一つ。この「真の指導者」がお隠れになっている間の共同体の指導を誰が担うべきか(誰に指導する権限があるのか、ないしはないのか)は、シーア派法学にとってつねに問題となってきたが、ホメイニーの「法学者の監督論」はこれに対する一つの回答となっている。
※3:「タグリード」とは「模倣」「追従」という意味で、シーア派では信徒(モガッレド=タグリードする者)は生活の諸事に関して、宗教最高権威(マルジャエ・タグリード=模倣の権威)に従わねばならないと考えられてきた。ラフサンジャーニーの発言は、分野ごとに信徒が「模倣」すべき権威がいても良いのではないかと提起するもので、この考え方はもともと、1979年革命のイデオローグの一人であったモルタザー・モタッハリーが1960年代に、当時唯一の宗教最高権威とされたボルージェルディーの死後、近代社会の細分化・専門分化に対応する形で、宗教界も専門分化し、各分野をそれぞれ専門とする複数の指導者による体制を構築する必要があると説いたことに遡る。なおエジテハードとは、クルアーンやハディースといった法源からイスラーム法を演繹する営為のこと。
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( 翻訳者:斎藤正道 )
( 記事ID:16041 )