コラム:ドーハ・サミット、南米サミット出席者たちについて
2009年04月02日付 al-Hayat 紙
■ カッザーフィー一人でたくさんだ
2009年04月02日付アル・ハヤート紙(イギリス)HPコラム面
【ハッサーン・ハイダル(本紙)】
ドーハ・アラブ・サミットにおいても、それに続いた南米指導者らとアラブの会合においても、関心をそそるようなことは少しも起きなかった。目を引いたのは、「兄弟を助けよ」の原則にたったアラブよりも南米の人々の方が勇気があり、その場に一緒にいたバシール大統領への支持を拒んだ事ぐらいだろうか。それをのぞけば二つのサミットは、スピーチの単調さ、決議の骨子、成果のむなしさまで似通っていた。こんなサミットが果たして必要なのかと疑問に思うほどだ。アラブの為政者が自分の「筋力」を同僚に、そしてアラブ国民、大衆に見せびらかすだけの集まりではないか。流ちょうな言葉遣い、スローガン、大げさな物言い、退屈な政治レクチャー等々で力を誇示しようとする人々がいるかと思えば、醜聞になるほどのひどいナルシズムに浸る人もいる。聴衆に苦笑されつつ、「アフリカの王の中の王」その他を自称したムアンマル・カッザーフィーのように。「大佐どの」は、次回から、サミットの会場に入る前に、その過大な自己評価を何とかすべく精神分析医のソファで一休みされるべきだろう。というのは、我々が今回彼から耳にした事は、人々の理性を軽んじるという域を超えており、もはや医師の診断にゆだねるしかないと思われるからである。
南米側でも、もう一人の「カッザーフィー」が目立っていた。ベネズエラのヒューゴ・チャベスである。自らの著わした『アラブの革命』という、ガマール・アブドゥル・ナーセルの写真が表紙の本を携えてきた彼は、我々の夢見がちな「大佐どの」に勝るとも劣らぬほど「革命的」な演説をぶち上げてくれた。「ナセル主義」をよみがえらせよ、と彼は呼びかける。まるでそれが一つの思想、政治理論であるかのように。しかしナセル主義とは、その大統領と結びついた政治的、そして情緒的闘争の一段階に過ぎない。大統領と共にそれは去り、その政治、経済、社会的勢い並びに周囲の状況は時と共にすたれていったものだ。何故チャベスがそんなにも我々の地域に関心を寄せるのか、熱愛を示してみせるのかは謎である。彼にだって自分の国とそれを取り巻く地域があり、政治社会的後発性や開発の遅れに悩まされているのではないのか?軍部から政界へ進み、軍事クーデターや憲法の転覆を試みた彼に、どうして現在のアラブに必要なものが分かるのだろうか。したり顔でポケットから処方箋を取り出し、これを試してみろ、あっちは駄目だ、などと我々に言う資格がチャベスにあるのだろうか。我々の指導層ですら分かっていないらしいこの地域について、彼は本当に理解できるのか。政権についた後はじめて我々のことを耳にしたのだろうし、外交儀礼の範疇で数度の公式訪問しかしておらず、我々の言葉も関心も理解しない一握りの顧問たちからこの世界のことを聴取しているだけだろうに。
我々の病に対し南米の「医者」が提案した「処方箋」について言えることがあるとすれば、それは、確実に我々の苦痛を増すという事だろう。イラン人の「医者」が示した同様の処方と混ぜてみると、一層その兆候が明らかになる。アフマディネジャードが我々に呼びかけた「継続的革命」、一世代のみならず次世代へと続く「止むことのない闘争」というのがそれである。アラブ・サミットをリビアで開催すれば、この「二人の治療したがり屋」の連帯は完璧なものになるだろう。勘弁してほしい。カッザーフィー一人でたくさんだ。
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( 翻訳者:十倉桐子 )
( 記事ID:16117 )