頭部を切断されて殺されたミュネッヴェル・カラブルトさんの母親が始めて語った。この事件で、何百万ドルものお金がとびかっている。
娘であるミュネッヴェル・カラブルト殺人の犯人、または犯人たちたちは、何ヶ月も捕まっていない。(公的機関による)一連の職務上の怠慢がこの事件の解決を難しくした。母親であるナギハン・カラブルトさんは、「事件は、最初からスキャンダルにみちてました。どれだけの怠慢があり、どれだけの証拠隠滅があることか・・・。関係機関の一部の人々は仕事をきちんとせず、その職務を冒涜しています。」
ミッリイエト紙の、エリフ・ベルコズ・ウンヤイ記者が、ミュネッヴェル・カラブルト殺人事件についてこれまで沈黙を守ってきた母親のナギハン・カラブルトさんと会見した。その内容は以下のとおりである。
記者は、今から4ヶ月前、4月26日、ミュネッヴェル・カラブルトの父、スュレイヤ・カラブルト氏とも会見した。(中略)そのレポートの冒頭で、「おそらく、まもなく犯人、または犯人たちはつかまるだろう」と書いた。しかし、容疑者のジェム・ガリプオールは依然、行方不明である。事件は、ひどく混乱したものと化している。ジェムの父親は逮捕され、母親も再び取り調べの対象となろうとしている。「ジェムがここにいた」という通報は、あちこちから続いている。事件現場からは、複数の人間がそこにいたことを示す証拠がでた。誤ってミュネッヴェルの下着に精子を付着させた法医学センターのスキャンダルが、大きく取り上げられた。イスタンブルの元の警察署長ジェラーレッティン・ジェッラフの、「親が娘の面倒をもっとよくみていたら」という発言のあと、エルドアン首相が「ほったらかしにされた子は、太鼓たたきやラッパ吹きのところへ行って(遊ぶだろう)」と発言したが、これはカラブルト一家のことをいっているのか、という疑問も浮上した。こうして、5ヶ月間、トルコの話題となり続けているこの事件に、おそらく最も苦しみ、しかし、沈黙を守ってきた登場人物(である、母親)の話である。
問い―飛行機の中で質問を準備しているとき、この件に関する最新の今日(7月29日水曜日)のニュースを見ました。シュルカン・パッカンの署名入りのニュースで、ジェム(容疑者)がミュネッヴェルちゃんに2回平手打ちをしたと書いてありました。これについて知っていましたか?
答え―ミュネッヴェルは私にジェム(容疑者)が平手打ちをしたことを話しませんでした。私を悲しませたくなかったのでしょう、きっと。私たち家族の中では、ぶつどころか、大声をだすことさえありませんでした。夫のシュレイヤと喧嘩をしたとしても、それは子どもたちのそばでではなく、自分たちの部屋に移って喧嘩しました。ミュネッヴェルが平手打ちを受けたことを私に話していたら、別れるようにいったでしょう。子どもたちには次のようなことを注意していました。「まず見えるのは相手の表の顔です。鏡の裏の顔には何がある?大切なのはこれを見ることよ」と。しかし、もちろんミュネッヴェルはこれをすぐには見ることはできなかった。成長するにつれて、わかるはずでした。ジェムを十分に知ることができなかった。ミュネッヴェルが生きていたら、そしてまだジェムと交際を続けていたら、今頃は大学の試験を終わらせる頃です。夏休みが始まっていたでしょう。(そして)確実に私とジェムは知り合っていたはずです。彼の性格に関して意見を持つや否や、娘を(彼から)遠ざけていたでしょう。
■夫とは恋愛結婚しました
問い―あなたはご主人とどのように知り合ったのですか?恋愛結婚ですか、それともお見合いですか?
答え―ボルのメンゲンにいた頃からの幼馴染です。一緒にけんけん遊びをしました。その後お互いに家族そろってイスタンブルに引っ越しました。そこでも同じ町で暮らしました。あとからデートをするようになり、私が23歳のときに結婚しました。
問い―ミュネッヴェルさんは最初のお子さんですね。あなた方にとって、それは計画的な出産でしたか、それともサプライズでしたか?
答え―結婚して3年目に、望んでミュネッヴェルを妊娠しました。しかし彼女は私たちを驚かせました。普通の出産を考えていたのですが、帝王切開でこの世に生れてきました。なぜなら破水したからです。すぐさま帝王切開することになりました。もし、普通の出産を行っていれば、娘を失う危険性がありました。もしくは私が死ぬところでした。
問い―お子さんの名前はあなたが付けたそうですね。
答え―看護師さんが出産後に娘をそばに連れて来た時に、「名前に何に?」と尋ねました。まだ決めていないことを告げると、彼女次のように説明しました。「病院にいるすべての赤ちゃんは、口におしゃぶりをくわえさせ、砂糖水を飲ませると泣き止みます。(しかし)お宅のお子さんは頬をさすり、抱きかかえなくてはなき止みません。ナズルとつけてはどう?」そもそも、私はメルヴェにしようと考えていました。しかし、夢で娘にミュネッヴェルと名付けているのを見ました。(そこで)私も明るい子という意味のミュネッヴェルを選びました。
問い―どのような赤ちゃんでしたか?いつも泣いていましたか、それとも静かな子でしたか?
答え―よく泣きました。おしゃぶりを使いませんでした。哺乳瓶も同様です。9か月になるまで母乳を飲みました。ミルクも水もコップで飲みました。夜中に泣き始めると、コップを与えました。そうしないと大騒ぎでした。ミュネッヴェルは私たちに豊かさをもたらしました。あの子が望むことをすれば物事はうまく運び、しなければよくないことが起こりました。
問い―ミュネッヴェルさんは大きくなるにつれ、母子らしい関係になりましたか、それとも友達のような関係でしたか?
答え―どちらかといえば友達のようでした。最も濃密な会話を、夜寝る前に息子と娘の部屋でしました。学校で何があったか、友達と何をしたかを二人とも話してくれました。私のミュネッヴェル、私の命・・ベッドでは一日のお小遣い帳をつけていました。
■あなたは死んだの、それとも居残りしているの?
問い―どんなことで最も対立しましたか?
答え―私の服を気に入りませんでした。「どこに行くにも毎回違う服を着ましょうよ」と言っていました。そのことでは私に反抗していました。「あなたがいい格好をしていれば、それで私には十分」と私が言っても・・。時々はあの子が私の服を選んだこともありました。私のタンスを開け、服を選んでいました。それに加えて、弟のエンヴェルとけんかをしているとき、私が間に入ると反抗しました。「私たちは兄弟なの、けんかもするし、仲直りもするわ、ほっといて」と言いました。
問い―エンヴェルくんは今どんな状態ですか?
答え―エンヴェルはみんなよりも落ち込んでいますが、それを回りにわからせないように努めています。ミュネッヴェルを失ってから、世界で一番に息子と、礼拝用の敷物の上では神に悩みを打ち明けました。堪える力を神からもらっています。薬は役にたちません。
問い―娘さんを最後に見た日である3月3日、玄関から出て行く彼女をどのように見送ったのですか?
答え―あの子は朝食を好みませんでした。それで紅茶を用意しました。クルミとアーモンドを食べさせました。(食べないと)頭が働かないわよと言って。(頬に)キスをして、抱きしめました。そのあとバルコニーに出ました。(学校の)送迎サービスに乗るとき、手を振りました。私への最後のメールは「ベシクタシュにいる。心配しないで、お母さん」でした。塾に行ったのだと思っていました。数時間経ってからあの子に電話しましたが、出ませんでした。「何があったの?あなたは死んだの、それとも居残りしているの?」とメールを送りました。返事はありませんでした。
問い―ミュネッヴェルさんから来た最後のメールを何時に受け取りましたか?
答え―検察官は14時58分に私が受け取ったと言いました。最後のメールはジェムが打ったのではないか、という考えも頭に浮かんでいます。
問い―カメラの記録によれば、14時頃ミュネッヴェルさんはバフチェシェヒルにいたようです。ジェム(容疑者)の家に行くとあなたに言っていましたか?
答え―いいえ。たぶん急にそういうことになったのでしょう。家に返って、必ず夜に話したでしょう。私には隠しごとはしませんでした。ジェムと娘は5か月の付き合いでした。二人が出かけるとき、そばには友達、またはエンヴェルがいました。どうして一人で彼の家にいったのか・・。どうしても理解できません。ミュネッヴェルはジェムとの結婚を夢見てはいませんでした。国際関係について勉強するつもりでした。世界を見て回るつもりでした。新たに言語を学ぶつもりでした。
問い―ミュネッヴェルさんを何時まで待ち続けたのですか?
答え―19時から20時頃までです。その後警察が来ました。私に「娘さんはどこですか?」と尋ねました。私は「どこにいるのかわかりません。娘はまさか死んだのでしょうか?」と言いました。警察が「亡くなったのをどうしてご存知なのですか?」と言ったとき、意味がわかりませんでした。彼らは事件の説明を始めました。あるカフェにミュネッヴェルが友人といたとき、その中のある女の子を、横のテーブル(の少年)がからかったそうです。その子の恋人が、からかった少年をナイフで刺したそうです。ミュネッヴェルとそばにいた友人は逃げたそうです。目撃者として娘を探しているということでした。娘のパソコンから友人たちの写真を見せてほしいとのことでした。(その中から)ジェムを見ると、「これだ、この少年と逃げたようだ」と言いました。息子のエンヴェルは、ジェムの家に案内するために父親、警察とともに家を出ました。
■夫は大声をだして、私は堪え忍んで、気を取り直しています。
問い―娘さんが亡くなったことをどのようにして知ったのですか?
答え―夜中の3時でした。親戚全員が私たちの家にいました。みんな事実を知っていましたが、私に隠していました。私に鎮静剤を渡しました。私は多発性硬化症(MS)ですから、お医者さんが「ナギハンさんはこの薬を飲んだ方がいい」と言ったそうです。玄関には救急車が待機していました。「この町で誰が病人だろう?」と私は心配していました。しかしそれは私のためだったようです。お医者さんと看護師さんが中に入ってきました。「事件について聞き、健康状態の検査に来ました」と言いました。「私は娘を待っているのです。きっと来ます」と言うと、「亡くなっていたら、どうしますか?」と彼らは私に尋ねました。「あの子は神様から私への授け物でした。(神様が)あの子を奪ったのならどうしようもありません。娘はもうあちら側にいるのですか?」と言いました。お医者さんがうなずくや私は卒倒しました。
問い―亡くなった様子を誰があなたに話しましたか?
答え―最初は「娘さんは殺傷事件の際に、恐怖による心臓発作を起こし亡くなった」と彼らは言いました。埋葬するメンゲンのわたしたちの村まで、白布に包まれて運ばれてきました。「白布で包まれたから、開けないでおこう」と思いました。そして1週間が過ぎ、まだ村におり、母の家で滞在していました。テレビも見ませんし、家に新聞も誰ももちこみませんでした。誰とも会わせてもらえませんでした。ある日、家に精神科医と村のイマームがやって来ました。イマームは「人は亡くなったら拷問を受けてもそれを感じない」と言いました。娘が心臓を刺されたことを、その日知りました。その後1週間が過ぎました。精神科の検査中でした。お医者さんが殺害について説明してくれました。「あなただったら殺害した後、遺体をどのように運びますか?」と尋ねました。「切断するでしょう、違いますか?」と言うので、私はまた気を失いました。
問い―殺害の理由について心当たりはありますか?
これは計画的な殺害です。家にはナイフがあり、のこぎりも買ってもらっていました。ジェムはすべてを簡単に手に入れていたようです。家族は彼に何でも与えたそうです。変わった興奮を探し求めていたようです。恋人を拷問して殺すことに悦びを感じていたのです。満足したのです・・獣のように、残酷に・・単独ではなかったのです。そうであればミュネッヴェルは逃げることができました。娘の爪からは複数の人間の皮膚組織が発見されました。
問い―ご主人はこの殺人事件におけるご家族の代弁者ですね。なぜあなたではなく、つねに彼が話しているのですか?
答え―私は多発性硬化症のため、話すことが難しいのです。いつもせき込んでいます。この状態でテレビは私に何をするでしょう!夫のシュレイヤは声をあげて、私は堪え忍びながら、正気を保っています。私は話すとき、3回考えています。なぜなら病気のためだけでなく、時々説明したいことを完全に表現できないからです。どもってしまうかもしれないのです。夫のシュレイヤは、凶悪な殺人に娘を犠牲にされた父親として当然の反発を示しています。彼を理解していますし、悪くは思いません。
■ジェムは昔の恋人への復讐を娘で行ったのだろうか?
問い―娘さんがジェム(容疑者)と交際していたことをご存知だったのですよね。殺害の後、どのように心の清算を行ったのですか?「私はどうして気付かなかったのか、どうして娘をあいつから遠ざけなかったのか」と思いましたか?それとも、娘さんの育て方を自身に問い質しましたか?「何か間違いをしてしまったのだろうか?」と自身を問い詰めましたか?
答え―その点で、やましいことはありません。子どもたちに、裕福さや貧しさは重要でないこと、何かを選択するとき、これらを重視すべきでないことを常に話しました。今日裕福な人が、明日には貧しくなることもある。ジェムは裕福で、娘を殺しました。娘の遺体を見つけたのはゴミ収集人でした。彼が遺体を発見しなければ、きっとまだ失踪だと考えていたでしょう。友人たちの性格をよく観察するように話しました。夫のシュレイヤも私も、子どもたちの育て方で反省することはありません。ミュネッヴェルが説明した限り、ジェムとの交際について、私たちが反対すべきことはありませんでした。
問い―ミュネッヴェルさんがジェム(容疑者)について話した際、彼の性格をどのように言っていましたか?
答え―物静かで孤独な人だと話しました。家族内で不誠実な関係があったことや、父親が他の女性と一緒にいることを話しました。母親はジェムの面倒をあまりみていないとのことでした。
問い―ジェム(容疑者)とミュネッヴェルさんはどのように知り合ったのですか?
答え―ミュネッヴェルの学校の友人でした。ユルドゥズ短大で、ジェムと一緒に勉強したそうです。ミュネッヴェルとジェムは、友人グループの中で知り合ったようです。
問い―娘さんは新たに(証拠として)公開された携帯メールの記録において、「私に平手打ちをすることを二度と許さない」と言っています。(しかし)「あなたと別れる」とは言っていません。ジェムをとても好きだったのでしょうか?
答え―好きだったからというのはあり得ます。始めての彼氏でした。ミュネッヴェルはジェムを孤独だと思っていました。愛情を受けずに育ったと考えていました。もしくは、このような暴力を以前に味わったことがないために驚き、どうすればいいのかわからなかったのかもしれません。ミュネッヴェルが彼の家族について話すたびに、私は彼女に「見なさい、なんて家族なんでしょう、子どもを愛情無しにどうやって育てるというの」と言いました。彼女も私にキスをして、「わかっているわ、お母さん」と言いました。あの子は(家族の)価値をわかっていました。
問い―ジェム(容疑者)は、パソコンでのミュネッヴェルさんとの携帯メールのやり取りを「ゼイティンブルヌの遊び人」という名のファイルにまとめていました。なぜこのような名を付けたのでしょうか?
ミュネッヴェルはジェムと交際しているとき、ゼイティンブルヌではなく、ベシクタシュに住んでいました。
答え―このファイル名についてはわかりません。私たちはゼイティンブルヌとは無関係です。ミュネッヴェルはよく外出し、歩きまわる女の子ではなかったのに、ジェムは遊び人と言ったのですね。この知らせをあなたから聞いてショックを受けました。頭には様々な考えが浮かんできます。ミュネッヴェルを、昔の彼女に復讐するために犠牲にしたのか?とか。もしやジェムには、ミュネッヴェルより前に、娘に似た恋人がいたのだろうか?その子はゼイティンブルヌに住んでいたのかもしれない。その子はきっとジェムと別れたのだろう。ジェムも復讐できなかった。(そして)ミュネッヴェルを身代わりにした。なぜなら一度ではなく、娘を何度も刺したようです。警察は殺人犯をさっさとつかまえてください。でなければ狂ってしまいます、「どうして、どうして」と言いながら。
■新聞ののこぎりの写真は私を何度も押しつぶした
問い―ミュネッヴェルさんをこのような残酷な形で失ってから、人々に対する見方はどのように変わりましたか?信頼する気持ちを失いましたか?
答え―このような悪い精神状態にありますから。魂が抜けてしまったかのようです。人々への信頼も失ってしまいました。しかし、どの人もみな同じではありません。無理をしてでも信頼し続けます。しかし、そんなことはどうでもいいのです、私は娘のことを考えています。殺人犯が見つかることを望んでいます。頭の中にある唯一のことは、ジェム・ガリプオールが見つかることと、事件について彼が説明することです。なぜなの?知りたいです。
■この事件を解決する唯一の人物は首相であり、彼は私たちの希望です
問い―神を恨んでいますか?「どうして私の娘にこんな事件が降りかかってきたのか」と。
答え―決して。そうなることを神様は望み、そうなったのです。私が理解できないのは、神様が与えた命は神様が奪う必要があるのに、ジェムが娘を殺したことです。どのように娘の命を犠牲にしたのか?娘に命を与えたのはあなただというでもいうのか?あなたは王様ですか?スルタンですか?それとも神様ですか?馬鹿な!
問い―ハベルチュルク紙の一面に殺害道具であるのこぎりが掲載されました。あなたは見ましたか?それとも(周囲の人は)あなたから隠しましたか?
答え―そもそも「あなたはどのように死んだの、痛かった?」と考えのろっているのです。この写真は私を何度も押しつぶしました。なぜなら私は「娘は神様の隣で幸せだ」と考えることで自分を慰めているのに、娘が傷ついたことをまたしてもその写真は思い出させたからです。
問い―事件から今日までどうあれ5か月が過ぎました。殺人犯が見つかることに関して、時が経つごとに希望を失っていますか?
答え―事件は「蛇の物語」と化しています。ミュネッヴェルの殺害事件の背景は暗闇の状態です。何百万ドルものお金が使われています。ジェムは殺害した日に逮捕されましたが、釈放されました。国家機関で働く人間が殺人者に道を譲ったのです。国家機関を回る賄賂の金庫を、明らかにしなくてはなりません。事件を解決する唯一の人物は首相です。彼からの援助を待っています。首相と奥さんは、子どもたちに対してとても心優しい。彼らは私たちの唯一の希望です。
問い―ご主人はアンカラでトルコ大国民議会(TBMM)に出席しました。しかし首相とは面会できずに帰ったそうですね。
答え―はい。議会は休会中だったようです。何人かの国会議員と面会したようです。議会の休暇が終わってからまた赴くつもりです。必ず首相と面会することを望んでいます。もし私たちの問題が議会で解決できなければ、欧州人権裁判所に行きます。
■ミュネッヴェルの名で基金が作られれば、映画に同意します。
問い―前イスタンブル警察署長であるジェラーレッティン・ジェッラフ氏が、ミュネッヴェルさんの殺人事件について話す際に、「親が娘の面倒をもっとよくみていたら(こんなことになららなかったのに)」と言いました。タイイプ・エルドアン首相はというと、最近の殺人事件について言及する際、「ほったらかしにされた子は、太鼓たたきやラッパ吹きのところへ」といって、反発を招きました。あなたはこれらを聞いたときどのように感じましたか?
答え―事件は何から何までスキャンダルで溢れています。これほどまでの怠慢があるでしょうか、どれだけ、証拠隠滅があることか。国家機関で働く一部の人々は仕事をきちんと行っていません。見返りのお金で職権濫用をしています。あなたが罪人を捕えなければ、罪無き人を罪人に仕立て上げます。対応できなければ罪を私たちに向けます。私の意見では首相は、そもそも犯人側の家族に言及したのだと思います。なぜなら実際彼らが子どもの面倒をみていたら、このような事件はおこらなかったのです。(養育)放棄は私たちではなく、ガリプオール家においてです。
問い―ジェッラフ氏がイズミルで、ある霊能力者に殺人事件の解明の件で援助を求めたという話があります。あなたのご主人は霊能力者に考えを聞きに行きましたか?「なぜ娘を殺したか」という答えを見つけるために。
答え―いいえ、全く。霊能力者に何の用事がありますか!ジェッラフ警察署長は殺人犯を見つけられなかった、そして事件を解決できなかった。(だから)解決策を霊能力者に求めているのです!
問い―法医学センターのスキャンダルについてどうお考えですか?娘さんの遺体に他の遺体の精子が誤って付けられてしまった・・・。
答え―事件の場所には複数の人間がいたと、法医学の側からは結論が出ました。(ジェム以外の)別の人たちを、事件から除外するために、精子が付着させられたわけではないと、どうしていえましょう?もしかしたらいくつかの痕跡が隠ぺいされようとしているのでしょうか?殺人犯たちの一人は明らかです。きっとその他の犯人を守るために、このような付着によって間違った方向付けが行われるようにされたのでしょう。
問い―ご主人が法医学センターのスキャンダルの後、「娘の名誉を汚した」と言ったとき、メディアは彼にも反発しました。本来の問題はミュネッヴェルさんの処女性ではなく、殺人事件だと言われました。
答え―主人はそこで「娘を汚した」と言いましたが、法医学センターは、娘ではなく自分たちを汚したのです。主人があのような会見を行ったのは、彼にいつも「あなたの娘さんはなぜ彼の家に行ったのか?もちろんジェムと寝るためだ」という言葉かかけられたからです。彼は世論に反対するためにこの言葉を発しました。ミュネッヴェルがジェムの家に彼と二人きりになるために行ったのであれば、娘はきっと今も生きています。抵抗したために殺されたのだと思います。
問い―弁護士たちの中からファルク・ゾルバ氏が辞任しました。なぜですか?
答え―弁護士さんも疲れています。自身の希望で退任しました。(メディアは)みな彼ら弁護士たちを追っては裁判について問い質し、インタビューを求めました。彼もうんざりしていました。彼の意見を尊重しました。仕事をしたくないのであれば、彼が決めることです。
問い―ミュネッヴェルさんの事件を語る映画の製作が準備されているという話があります。あなたはこのプロジェクトに同意しますか?
答え―電話で話しました。私たちはまだプロジェクトに同意する署名をしていません。話し合いのテーブルについて協議する必要があります。娘の名をこの世に残す基金や学校が作られるならば同意します。しかし目的が娘の事件をつかってお金を稼ぐことであれば許可しません。
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( 翻訳者:指宿美穂 )
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