シェムディンリ郡タンヨル平野にある軍事基地を、250人のPKK戦闘員が武器を持って三方面から襲撃した。銃撃戦は5時間に及んだ。銃撃戦で兵士9人が亡くなり、16人が負傷、12人のPKKメンバーが殺害された。地雷を踏んだ2人の兵士の死で、死亡者数は11人に達した。
ハッキャーリ県シェムディンリ郡ギュンヤズ村のイラク国境地帯にあるタンヨル平野にある国境部隊の軍事基地を、夜12時すぎ、大勢のPKKのグループが、武器をもって襲撃した。三方向から包囲したテロリストたちとの5時間に及ぶ銃撃戦で、8人の兵士が亡くなり、14人が負傷した。銃撃戦で、12人のテロリストが殺害され、イラク領内に逃げるテロリストたちに、コブラ(武装ヘリコプター)が爆弾を落とし、戦闘機が国境の反対側(イラク側)のテロリスト・キャンプを爆撃した。シェムディンリで作戦が続いている一方で、兵士達の移動地域にテロリストたちがまいた地雷の爆発の結果、兵士2人が亡くなり、2人が負傷した。18時30分頃、銃撃戦で行方がわからなくなっていた兵士一人も死亡したことが判明した。このようにして、シェムディンリにおける1日の死亡者数は11に、負傷者数は16に上った。
トルコの、イランとイラクの国境地帯にあるシェムディンリ郡から15キロの距離にあるギュンヤズ村のタンヨル平野メザルゲディー地域にあるテケリ・ジャンダルマ国境本部隊に属する国境部隊の軍事基地は、PKKのテロリストたちの襲撃にみまわれた。雨と霧という天候を利用し、国境部隊の軍事基地に近づいたテロリストたちは、2時に三方向から包囲を始めた。地域の情報筋によれば、その数250人に上るテロリストたちは、本部隊に、前線防衛部隊と移動部隊に機関銃とバズーカ砲で銃撃を開始した。兵士たちも、テロリストたちにすぐに対抗し、銃撃戦に入った。
■5時間に及ぶ銃撃戦。
地域に、直ちに周囲の部隊から援軍が送られ、テケリ・ジャンダルマ本部隊から榴弾砲によって確認にされたテロリストたちのいる地点に、砲撃が加えられた。
シェムディンリにある第3山岳部隊司令本部から次々と飛び立ったヘリコプターは、地域に特殊部隊を降ろした。銃撃線の始まった当初は、霧のためにヘリコプターによる支援は限定的なものに留まったが、霧が晴れるとともに集中的に支援がなされた。PKKのテロリストと兵士との間の銃撃戦は、7時頃まで続いた。
3つの地点で、5時間にわたって続いた銃撃戦で、12人のPKKのテロリストが殺害された。銃撃戦では、8人の兵士がなくなり、14人の兵士が負傷した。死亡した兵士たちの大部分は、テロリストたちが手に入れようとしたテケリ・ジャンダルマ国境本部隊の前線防衛地域と本部隊から2キロのところにあるメザルゲディー地域にある移動部隊(の兵士)であったことが明らかにされた。
シェムディンリにおける残忍な襲撃ののち、地域に大勢の兵士が送られ、コブラ(武装ヘリコプター)は、継続的に地域に飛行を行った。地域で作戦が続けられる一方、昼ごろに、テロリストたちが以前からまいていた地雷の爆発の結果、更に兵士2人が亡くなり、兵士2人が負傷した。この爆発事件により、シェムディンリにおける一日の兵士の死亡者数は10に、負傷者数は16にのぼった。
襲撃で負傷した兵士たちは、病院で治療を受けた。負傷者は、まずシェムディンリ国立病院に、その後、重傷者は、ヘリコプターでハッキャーリ軍病院に移送された。
■参謀本部の発表
参謀本部は、襲撃に関し、インターネット・サイトで以下の発表を行った。
ハッキャーリ県シェムディンリ郡で、トルコ/イラクの国境線で警備にあたっている国境部隊が、あるテロリストのグループによって、2010年6月19日午前2時に襲撃された。銃撃戦で8人の兵士が亡くなり、14人の兵士が負傷した。負傷者は、(部隊を離れて)病院に送られた。地域に軍隊が増派され、そして夜の間中、銃撃戦の地域に戦闘機と砲兵隊が援護射撃を行った。加えて、イラク北部で確認された攻撃目標は、空軍によって爆撃された。初めの確定情報によれば、銃撃戦で、12人のテロリストが、戦闘不能な状態に陥った。
■8人のPKKメンバーは、この地域から来た
銃撃戦が起きた地域から、1999年10月1日に、自分達を「平和グループ」と名乗る8人のPKKのグループが来て、投降した。
イラン、イラクとトルコの国境にある地域から、テロリストのリーダーであるアブドゥッラー・オジャランが同時期に行った呼びかけによって、PKKの指導者たちのうち、アリ・スパンを含む8人のテロリスト・グループが、徒歩でシェムディンリ地域から、トルコに入り、投降した。
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( 翻訳者:能勢美紀 )
( 記事ID:19459 )