大学入試直前の17才少女、ハルカルでの軍の送迎バス爆弾テロの犠牲に
2010年06月22日付 Hurriyet 紙


ハルカルで、軍職員を乗せた送迎車が爆弾攻撃に遭った。この爆撃で犠牲になった17歳のブセ・サルヤーさんは、週末に予定されていたd大学学部決定試験(LYS)準備のため、父親と共にイスタンブル県軍事警察司令部に行っていたことが明らかになった。

軍の発表によると、17歳のブセ・サルヤーさんは、週末に行なわれる大学学部決定試験の準備のために、父親のウナル・サルヤー軍警察上級軍曹と一緒に、ハルカルにある宿舎から一般ナンバーの送迎バスに乗った。ブセ・サルヤーさんは、マスラクにあるイスタンブル県軍事警察司令部の設置したコースで、他の軍職員の子供たちと共に大学入試準備講座に参加していた。彼女は、アタケント共同墓地周辺で、送迎バスを狙った爆弾攻撃によって命を落とした。

爆撃で、ブセさんの父親、ウナル・サルヤー上級軍曹も軽傷を負い、病院に運ばれた。ブセさんには小さい妹がいる。

今回、爆撃の犠牲となった人たちのうち、ブセ・サルヤーさんはアンカラ、軍警察のベキル・チェリキ曹長とウウル・エキル上級軍曹はハタイ、チャーラル・ボル上級軍曹はイズミルに住民籍があることが判明した。

ベキル・チェリキ曹長は、イスタンブルからシュルナクに派遣される予定で、15日後には任務に就くはずだったという。

■17歳のブセさんの故郷は悲しみに包まれた

ブセ・サルヤーさんは、イスタンブルのハルカルで軍の車を狙った爆弾攻撃で命を失った。彼女は、今年の大学入試の準備をしていた。ブセさんの叔母は、アンカラのエルマダーで悲嘆に暮れている。ウナル・サルヤー上級軍曹の17歳になる娘、ブセ・サルヤーさんは、父親の仕事のため長年、東部や南東部で生活してきた。ブセさんは今年高校を卒業したところだった。エルマダーの叔母さんの家には、昨年祖父が亡くなった後に訪れたのが最後となった。

爆弾攻撃の後、ブセさんの訃報を聴いた叔母と親類は、事件を知って体調を崩してしまった。エルマダー国立病院に運ばれた叔母には、点滴の処置がなされた。

エルマダー郡エジデル・サルチチェキ知事は、病院を訪れ、犠牲者の親類にお悔やみの言葉を述べた。

一方で、犠牲者のブセ・サルヤーさんの葬儀は、明日正午の礼拝の後に行なわれ、エルマダー・ウチェブレル地区の墓地に埋葬される予定だ。

■ブセ・サルヤー、大統領か首相になりたかった

ウナル・サルヤー上級軍曹は、イスタンブルのハルカルで、軍職員を乗せたバスの移動中起きた爆発によって負傷し、その娘ブセ・サルヤーさん(17歳)は命を失った。

ブセ・サルヤーさんの叔母ウルヴィエ・サルダーさんのアンカラエルマダーにある家は深い悲しみに沈んだ。彼女は姪の死を知った悲しみを次のように語った。「私には子供がいないので、ブセが生まれた時からずっと自分の子供のように思ってきました。ブセは、よく勉強して偉大な人物になりたがっていました。勉強がとても好きな子でした。私の兄のウナルは、20年間、東部や南東部で任務についてきて、あと一年で退役を考えていました。私たち兄姉は。とても悲しんでいます。もう一人の叔母ヌルジャンも深い悲しみに耐えられずに、体調を崩してしまいました。」

エルマダー警察署アドナン・キョルオール副署長は、犠牲者のブセ・サルヤーさんの家を訪れ、お悔やみを述べ、ウナル・サルヤー上級軍曹についても記者団に情報を提供した。

ブセさんと仲の良かった従姉妹のベギュムさんは、ブセさんの訃報をテレビで知ったと述べ、「ブセと私は、姉妹のように育ちました。頻繁にインターネットでやり取りをしていました。ブセは、大統領か首相になりたいと言っていました。」

ウチェブレル地区ベフチェト・ババイイト区長によると、葬儀は明日行なわれる予定だという。

事件の起きたイスタンブルのハルカルで、ブセさんは、父親と母親と一緒に試験に向かうためバスに乗っていた。ブセさんの妹のスデちゃんは、近所に預けられていたという。

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( 翻訳者:大久保はるか )
( 記事ID:19488 )