47年前にトルコのスポーツ界に登場したアリ・サーミー・イェン・スタジアムが、明日(11日)開催されるガラタサライ対ベイパザル・シェケルスポーツ戦を最後に別れを告げる。
アリ・サーミー・イェン・スタジアムの開館は、トルコとブルガリアによる1964年12月20日の親善試合で始まった。3万5000人収容のもと、スポーツファンが試合を観戦する前に、事件が起こった。露店のネオンが原因で騒動が起き、観客たちが席から飛び降りて人が押しつぶされ、81人の観客が病院に搬送されたのだった。
ガラタサライ・クラブの設立者であるアリ・サーミー・イェン氏の名を冠したこのスタジアムは、当時の価格で1624万8707トルコリラ(約8億6000万円)で建設された。
■ 1964年から1972年の間に3回の優勝
同スタジアムが建設される1964年まではホームスタジアムをもたずに試合を行っていたガラタサライは、1972年にボスポラス大橋建設の一環のメジディエキョイ橋建設によってアリ・サーミー・イェン・スタジアムが一時閉鎖するまで、8年間で3回の優勝を手中にした。
(メジディエキョイ橋建設のため)アリ・サーミー・イェン・スタジアムは1972年から1980年まで閉鎖されていた。同スタジアムはこの期間まったく手つかずの状態であったが、1980年12月に再開した。
芝に関する問題により、1983-84年シーズン後からメンテナンスがなされた同スタジアムは、1986-87年シーズン開始とともに再開した。
1997年にガラタサライは、アリ・サーミー・イェン・スタジアムの地に新たなスタジアムを建設するプロジェクトを発表したが、このプロジェクトは2011年まで実行に移されていなかった。
同チームは、アリ・サーミー・イェン・スタジアムを取り壊し、スタジアムを再建する目的で、2003年から2004年シーズンにはアタテュルク・オリンピヤット・スタジアムに移った。しかしながらチームの不振により不本意な結果となったため、シーズン後は再び同スタジアムへと戻った。
■ アリ・サーミー・イェン・スタジアムでヨーロッパ・サッカー界での歴史的勝利
ガラタサライは、1990年以来アリ・サーミー・イェン・スタジアムでヨーロッパの各種選手権で大きな成功を収めた。
黄色と赤のユニフォームをまとった選手たちは、アリ・サーミー・イェン・スタジアムにおいて、レアル・マドリード、ACミラン、FCバルセロナ、マンチェスター・ユナイテッド、ユベントス、リバプール、パリ・サンジェルマン、グラスゴー・レンジャーズ、PSVアイントホーフェンといったヨーロッパの強豪チームに勝利を収めてきた。
■最後の試合には悔い
ガラタサライは、アリ・サーミー・イェン・スタジアムに別れを告げたが、このグラウンドで行われた対フェネルバフチェ、対ベシクタシュとの最後の試合では敗れた。
今季はフェネルバフチェにアリ・サーミー・イェン・スタジアムにおいて0-1の戦績で負けたガラタサライは、ベシクタシュとの試合でも1-2の敗北で終えた。
「Cim bom(訳者注:ガラタサライチームの愛称、ジムボム)」は、明日(11日)に幕を降ろすスタジアムにおいて最後となったリーグ戦でも、ゲンチレルビルリイに0-2で敗北した。ガラタサライは、アリ・サーミー・イェン・スタジアムでの最後のヨーロッパ戦でも勝利できなかった。最後の試合は、欧州サッカー連盟(UEFA)ヨーロッパリーグのプレーオフ戦だったが、そこではウクライナのカルパティーと引き分けた。
多くのトルコ代表試合の舞台となったアリ・サーミー・イェン・スタジアムで最後に行われた試合で、トルコはスペインに1-2で敗北した。
■トルコ代表戦
トルコ代表チームは、明日(11日)別れを告げるアリ・サーミー・イェン・スタジアムで計28試合を行った。
1964年12月20日にブルガリアと戦い0-0の引き分けとなった親善試合によって同スタジアムで最初の舞台に立ったトルコ代表チームは、ここで開催された計28回の代表試合において13勝11敗4引き分けとなった。
月星軍団(訳者注:サッカートルコ代表の愛称)は、アリ・サーミー・イェン・スタジアムで行った28回の代表試合(うち24回公式試合、4回親善試合)において、総計56得点し、36失点した。
アリ・サーミー・イェン・スタジアムで行われた最初の7試合では勝てず、1983年にようやく勝利を手にしたトルコ代表チームは、ここメジディエキョイにおける2009年4月1日の最後の試合では、2010年サッカーワールドカップ欧州選抜戦でスペインに1-2で負けた。
トルコ代表チームがアリ・サーミー・イェン・スタジアムで戦った試合は以下の通り:
日付・主催団体・対戦相手・結果
--------------------------------------------------------------------
1964年12月20日 親善試合 ブルガリア 0-0
1965年10月9日 ワールドカップヨーロッパリーグ チェコスロバキア 0-6
1967年2月1日 ヨーロッパチャンピオン杯 スペイン 0-0
1969年11月16日 ワールドカップヨーロッパリーグ ソビエト連邦 1-3
1981年4月15日 ワールドカップヨーロッパリーグ チェコスロバキア 0-3
1982年12月22日 親善試合 ブルガリア 0-1
1983年1月29日 親善試合 ルーマニア 1-1
1983年11月16日 ヨーロッパチャンピオン杯 オーストリア 3-1
1987年4月29日 ヨーロッパチャンピオン杯 東ドイツ 3-1
1989年10月25日 ワールドカップヨーロッパリーグ オーストリア 3-0
1994年10月12日 ヨーロッパチャンピオン杯 スイス 1-2
1996年11月10日 ワールドカップヨーロッパリーグ ベルギー 1-3
1997年8月20日 ワールドカップヨーロッパリーグ ウェールズ 6-4
1998年9月5日 ヨーロッパチャンピオン杯 北アイルランド 3-0
1998年10月14日 ヨーロッパチャンピオン杯 フィンランド 1-3
1999年3月27日 ヨーロッパチャンピオン杯 モルドヴァ 2-0
2000年2月3日 親善試合 ノルウェー 0-2
2000年9月2日 ワールドカップヨーロッパリーグ モルドヴァ 2-0
2001年3月24日 ワールドカップヨーロッパリーグ スロヴァキア 1-1
2001年9月5日 ワールドカップヨーロッパリーグ スウェーデン 1-2
2001年11月14日 ワールドカップ オーストリア 5-0
2002年9月7日 ヨーロッパチャンピオン杯 スロヴァキア 3-0
2002年10月16日 ヨーロッパチャンピオン杯 リヒテンシュタイン 5-0
2007年10月17日 ヨーロッパチャンピオン杯 ギリシャ 0-1
2007年11月21日 ヨーロッパチャンピオン杯 ボスニア・ヘルツェゴビナ 1-0
2009年4月1日 ワールドカップヨーロッパリーグ スペイン 1-2
■ガラタサライとフェネルバフチェ
ガラタサライは当初からのライバルであるフェネルバフチェとアリ・サーミー・イェン・スタジアムで46回対戦した。
(アリ・サーミー・イェン・スタジアムのある)メジディエキョイでのダービーのうち、19試合をガラタサライ、11試合をフェネルバフチェが勝利した。アリ・サーミー・イェン・スタジアムでは16試合引き分けとなった。
「ジムボム」の58ゴールに対し、「黄色いカナリア(訳者注:フェネルバフチェチームの愛称)」は46ゴールを決めた。
古くからのライバルである両チームは、アリ・サーミー・イェン・スタジアムで1966年8月28日に初めて、スポーツ振興くじtoto杯で対戦した。メジディエキョイでの初試合は1-1の引き分けで幕を閉じた。2010年3月28日に行われた最後の試合では、フェネルバフチェがスーパーリーグでライバルのガラタサライを1-0で下した。
■ガラタサライとベシクタシュ
ガラタサライは、もう一方の古くからのライバルであるベシクタシュとはアリ・サーミー・イェン・スタジアムで計52回の対戦をした。メジディエキョイでの試合ではガラタサライは18回、ベシクタシュは11回勝利、23回は引き分けに終わった。
メジディエキョイで行われた試合のうちガラタサライが64ゴールを決め、ベシクタシュは58ゴール決めた。
ガラタサライとベシクタシュは、アリ・サーミー・イェン・スタジアムで初めて1996年10月9日にリーグ戦で対戦し、2-2で終わった。最後の試合は2010年11月28日に行われ、リーグ戦の試合で最後にほほえんだのは2-1で勝利したベシクタシュであった。
この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る
原文をMHTファイルで見る
( 翻訳者:萩原絵理香 )
( 記事ID:21151 )