イスラエル領内のパレスチナ人もナクバ記念日の行進に参加
2011年05月16日付 al-Quds al-Arabi紙


■48年パレスチナ人、イスラエルによる脅しのキャンペーンにもかかわらず、帰還の行進に参加

2011年05月16日『クドゥス・アラビー』

【上ガリラヤ地方、破壊されたビルアム村発:本紙】

日曜日[5月15日]にイスラエル占領軍と警察は、1948年に占領した領土内のパレスチナ系市民から成る大群衆が、63回目となるパレスチナのナクバ[=故国喪失]を記念しようと活動家達が呼びかけたデモの集合場所へと到達するのを阻止した。これは「帰還の行進」の呼び掛けに応えたもので、場所はレバノン側のマールーン・ラース村と国境を挟んで向き合う、アヴィヴィム入植地近くであった。

ネゲブと三角地帯から北部に向かう途中だった複数のバスを警察が停車させ、数人を逮捕した。上ガリラヤに到着出来た人々については、レバノンとの国境に近づくのを阻止した。そこで人々はビルアム村の入り口でデモを行い、パレスチナの旗を掲げて、パレスチナと帰還とエルサレム、収監者の解放などを呼びかけるシュプレヒコールを行った。その最中、イスラエル国境警備隊の大部隊が音響爆弾や催涙弾、マスタードガスなどで襲い掛かったうえ、デモ隊に激しく暴行を加えてから、活動家数名を逮捕した

また、立ち上る煙や発射されたガスによって数十人が負傷し、パレスチナ人のジャーナリストで活動家のサーブリーン・ディアーブも左目を負傷した。

デモへの参加を呼び掛けたパレスチナ人活動家達は、イスラエル治安機関がヘブライ語メディアを通じて広めた脅迫キャンペーンを一顧だにしなかった。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は日曜日の事件の後、パレスチナ系市民を“イスラエル・アラブ人”と呼びつつ、彼らがイスラエル建国記念日を戦争の太鼓を叩く日にしてしまったことへの遺憾の意を表明した。一方、パレスチナ人活動家達は、この国のパレスチナ的性質と自分たちのアイデンティティに対する忠誠心を持つのは義務であると述べて、パレスチナが解放され、住民が帰還できる日まで、闘いは続くと語った。

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(翻訳者:山本薫)
(記事ID:22530)