13人犠牲のPKKスィルヴァン襲撃、詳細が明らかに
2011年07月16日付 Milliyet 紙

エルドアン首相に提出されたレポートでは、「部隊は4日間、野戦を続けていた。2日間はほとんど寝ていなかった。午後2時、PKKが無線で「この兵らは疲弊している。君らはなぜ攻撃しないのだ」という会話がなされた。14時40分に襲撃がはじまった。ヘリコプターが現場についたのは16時だった。」

サバフ紙の報道によると13人の犠牲者と7人のけが人を出したディヤルバクル県での襲撃事件に関し、衝撃的な詳細がわかってきた。

生き残った兵士からの聞き取りをもとに、エルドアン首相に提出されたレポートによると、PKKは、最初にライフル銃で攻撃した。その後、手榴弾とロケット弾で襲った。襲撃のあと、人の背丈ほどもある草に火が放たれた。負傷していた兵士はそこから救出されず、犠牲になった兵士の多くは焼死だった。軍警察のコマンド部隊は、4日間にわたって当該地域で捜索を行っていた。部隊のこの状況に関し、PKKの無線会話では「この兵らは疲弊している。君らはなぜ攻撃しないのだ」という会話がなされていたことがわかった。

PKKによる襲撃の詳細は次のとおり。

■部隊は4日にわたり野戦

PKKが7月9日に2人の軍人を含む3人を誘拐したのをうけ、軍警察の12の部隊がこの地域で捜索活動をはじめた。7月10日に捜索にでた部隊に加え、12日にハズロ郡の軍警察本部に向けての襲撃ののち、もう4部隊が投入された。

■2日間、寝ていなかった

7月13日より前に行われた会議で、 メフメト・エミン・カラギョズ中尉指揮下の第一部隊と、ネジュメディン・エルドアン中尉の指揮する第二部隊が統合された。兵士は2日間にわたって睡眠をとっておらず、このため、小休憩の間にも眠り込んでいたという。このため、捜索で野外で展開する部隊の中央に第2部隊をおき、休息をとれるよう、努力されていた。

■熱感知が、人間を感知

7月14日の夜半1時に、レシャン渓谷を捜索していた熱感知カメラが熱源を発見した。疲労困憊の兵士たちに対し、ヘリによる照明の支援もないまま、警戒命令が下された。2つの部隊が夜警をした。第1部隊の58人、第2部隊の37人をあわせ、約100人の兵が当該地域にいた。

■PKK無線、「この兵士らは疲れている」

7月14日木曜、午後2時に、テロリストらによる無線が傍聴されたとの報告があった。PKK兵らの会話のなかに、「この兵士らは疲れている。なぜ、君らは攻撃しないのか」という会話が聞かれた。これをうけ、警戒態勢に入った。14時20分に、「注意!無線が傍聴された」との警告がなされ、20分後の14時40分に銃撃戦がはじまった。

■手榴弾とロケット弾

PKKは最初の襲撃を、ライフル銃で行った。その間にテロリストらは、軍警察部隊に50メートルの距離まで近づき、次々に手榴弾を投げた。その後、ロケット弾での襲撃をはじめた。

■人の背丈の草に放火

手榴弾とロケット弾ののち、人の背丈ほどもある草に火が放たれた。火事が広がり、65人~70人の兵士が、一か所に追い詰められた。

■怪我人は焼死

炎からにげようととつとめた兵士がその場に残した火薬類が爆発した。亡くなった兵士の多くには、銃弾のあとがあることがわかった。しかしけが人は、火事のなかに取り残されたため、死者の多くは焼死だった。

■カラオスマンール准将からも事情聴取

軍警察の部隊が14時20分にPKKの無線を盗聴したのを受け、軍警察地域司令官のウナル・カラオスマンオール准将には14時30分には報告がさなれた。救援要請があったにもかかわらず、現場にヘリコプターが到着したのは16時だった。3人の誘拐事件をうけた軍警察本部がはじめた救出作戦に関し、ミスの有無の検証のため、調査がはじめられたことがわかった。この枠組で、カラオスマンール准将からも事情聴取が行われるという。

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( 翻訳者:トルコ語メディア翻訳班 )
( 記事ID:23300 )