旧市街のハンマール
2011年08月14日付 Radikal 紙
ハンマール今昔
ハンマール今昔

ベヤズト-スルタンアフメト-スィルケジ間にて、7ヶ月前に道路が交通規制されたことにより、ハンマール(荷担ぎ人夫)らが移動する道のりは長くなった。しかし運び賃は同じままだ。

スルタンアフメトやスィルケジ、そしてベヤズトを含む「歴史的半島」と呼ばれる区域が、今年の1月より午前10時から午後6時まで車両進入禁止となった。このようにして、観光客らにスルタンアフメト・モスクやアヤソフィア博物館、イスタンブル地下宮殿、そしてグランドバザールをより快適に見て回る機会が与えられたのだ。しかし、この地域で荷物を背負い糊口を凌ぐハンマールらの状況は快適ではない。1日2回倉庫に品物を運ぶ車は、車両進入が制限された地域へ入れないために、品物を通りの端にて降ろしている。

■距離は延びたが賃金は同じ

かつては一人のハンマールが300メートル歩いていたが、現在では約1キロメートル歩くようになった。しかし賃金は変わらなかった。ハンマールらは運搬する荷物ごとに5から7リラ(約214円から300円)の賃金を受け取っている。200から250キロほどの荷物を背負い、裏通りを抜けて建物の上の階へと運ぶ。彼らの多くは台車さえ使わない。地方自治体は、午後6時以降車の通行を許可している。しかし品物は午後1時と午後5時に運ばれてくるため、ハンマールたちの問題は手詰まり状態だ。運搬人協会や協会に加盟しているすべてのハンマールらのただ一つの望みは、仕事が非常に増えるラマザン期間にて、1日に最低でも1時間、品物を運ぶ車が市場へ入ることができることだ。50年間この仕事を続けている66歳のハンマール頭、ハサン・ギュゼルさんは、一つの「組」としてみなされている168人のグループを仕切っている。ギュゼルさんは以下のように話した。「観光客らが快適に散策できるよう、道に交通規制がかけられました。われわれもやむを得ずとても長い距離を歩いています。そしてこの重い荷物を運びながら、(以前と)同じ賃金を得ているのです。」彼はこう話す一方で、違法なハンマールらについて、小売店の店主に警告する。「彼らはもっと安い賃金で運ぶが、保証はありません。品物を受け取って盗むかもしれないし、その品物にキズをつけるかもしれません。」

大学を中退しハンマールを始めたレジェプ・アイドゥンカヤさんは、30年間父親の仕事を続けている。

■全体的に需要は衰えている

やむを得ない理由からではなく、好んで望んでこの仕事を始めたと話し、250から300キロの荷物をアクサライやラーレリまで運ぶことができるというアイドゥンカヤさんは、「持ちあげられないような荷物を、神は人間に背負わせたりしません」と話す。違法なハンマールや貨物業者らによりハンマールへの需要が衰えていると考えるレジェプ・アイドゥンカヤさんは、以下のように話した。「昔、荷運びは馬車で行なわれていました。品物は袋や箱に入れられて運ばれていました。今ではナイロン袋で運ばれています。(ハンマールへの)需要は全体的に衰えています。」

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( 翻訳者:指宿美穂 )
( 記事ID:23645 )