ダールジャPKK襲撃事件で負傷の兵士、故郷に戻る
2012年06月23日付 Radikal 紙

ハッキャーリ県ユクセコヴァ郡のイェシルタシュ駐屯所で、6月19日にPKKの襲撃に遭い負傷した19人の兵士のうちの一人、歩兵卒のオムル・アルスランさんがアンカラで治療を受けた後、故郷のトラブゾンに戻った。

アンカラのギュルハネ軍病院で四日間治療を受けていた歩兵卒のオムル・アルスランさんが、家族とトラブゾンに戻り、イノニュ地区デュズグン通りの自宅で休養に入った。しばらく後、アルスランさんは同じ駐屯所で勤務し、襲撃の犠牲となった兵卒のアリ・ヤスィン・エロスマンオールさんの墓を訪れて祈りを捧げ、あの夜に起こったことを話した。駐屯所で一日中勤務していたために、攻撃された時、自分と同僚たち数名は眠っていたと証言。「夜の3時半くらいに私たちは目を覚まされた。駐屯所向かいの二つの塔から激しい炎とロケット弾が飛んで来たという情報が流れた。私たちも同僚とすぐに武装して応戦し始めた」と語った。


アルスランさんは「夜に戦うのは難しかった。私たちは潜んでいた場所から出て、勇敢に戦った。決して諦めることなく、勇気を持ち続けた。ついに私たちが勝利して、彼らは来たことを後悔していた」と話した。同じ駐屯地で勤務していたトラブゾン出身の歩兵卒、アリ・ヤスィン・エロスマンオールさんが攻撃の犠牲になったことについて、以下のように続けた。

「彼とは兵士になる前から知り合いだった。アリ・ヤスィンは、とてもいい奴だった。神が彼を天国に送ってくださることを祈る。これからも、私たちは神が私たちに与えられた運命に従い生きていく。まずは落ち着くことが必要だ。それから、これからの人生について考えようと思う。今は今後のことを考えられるような心境ではないので。」

訪問客らを父親のアリ・アルスランさんと共に見送ったアルスラン歩兵卒だが、45日の報告期間が終わった後、除隊することが明らかになった。またこの日、アルスランさんの住んでいるイノニュ地区で多くの家のバルコニーにトルコ国旗が掲げられていたのが見られた。2012年6月19日、イェシルタシュ駐屯所への襲撃で8人の兵士が犠牲になり、19人の兵士が負傷した。衝突時ならびにその後遂行された軍事行動で、PKK31人が殺され、1人が投降している。

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( 翻訳者:藤井彩香 )
( 記事ID:26817 )