トルコはどうして外国語教育に失敗してきたのか?
2013年01月23日付 Cumhuriyet 紙
トルコでの外国語教育の分野で私たちが経験している失敗の基本的理由の一つは、外国語教育を今日まで教育政策として科学的な学術の枠組みの中に据えることができなかったことである。
とりわけ、外国語教育が、学術的なものであると同様に、教育上の適用が極めて実用的に行われねばならない職業教育であることも、十分に認識されてこなかった。
このような状態で外国語教育分野、特に外国語教師の養成の面で、多くの間違いが行われており、この間違いを除くことできない問題を同時に生んでいる。
大学での概存の仕組みを見ると、外国語教育は、西洋諸国言語・文学、言語学、通訳、教育学部組織における外国語教師職(英語、フランス語、ドイツ語など)のような分野で扱われているのがわかる。しかし、外国語教育がそれぞれ性質の異なる学問分野の傘の下で扱われることは、外国語教育の本質と性質に反する、また反しない一連の異なる適応が行われることを許し、質的に十分でない外国語教師を養成している理由となっている。
しかしながら、外国語教育(これは母国語教育にも言えることだが)は、「応用言語学」の名のもとに独自の学問的特性があり、数多くの学問手法をおさめる、独立した学問分野である。
■ 国際言語学協会
実際に、1960年に国際的レベルで設立された国際応用言語学会(AILA)とこの機関の40近くの国々での国際的支部(たとえばアメリカ応用言語学協会(AAAL);British Association of Applied Linguistics (BAAL); Asociacion Espanola de Lingüistica Aplicada (AEsLA); Greek Applied Linguistics Association (GALA); Russian Federation National Association for Applied Linguistics (NAAL); AILA Cameroon (CAMAILA); Applied Linguistics Association of Brazil (ALAB), など)とともに、その学術雑誌、出版、活動、通信誌等が応用言語学が独自の学問分野であることを具体的に示している。他方、当機関がユネスコに公的な立場で諮問をおこなう市民社会団体であることも明らかにしておこう。
だが、今日我が国では高等教育機構(YÖK)によって「応用言語学と外国語教育」または「応用言語学とトルコ語教育」の名の下で設立された学術機関はない。 こうした学科は大学に全く存在せず、この分野では今日までに存在すべきである「トルコ応用言語学協会」(TAAL)さえもない。
要するに、母語教育、外国語教育(フランス語、ドイツ語、イタリア語、日本語、ロシア語、中国語、アラビア語など)、いずれの教授、学習、方法をも、応用言語学のセオリーの枠組みの中で取り扱い実践することは、もはや世界中の学界では必須である状態なのである。
外国語教育は、学習・教授ともに、その原則をまず教育学、一般言語学、心理学、社会学、人類学、コミュニケーション研究、哲学といった独立した教育分野から着想を得て、形成されている。この枠組みをもう少し拡大させれば、外国語教育が、社会科学、人文科学のような分野の傍ら、情報、経営、生物、医学、さらには一部工学分野とも関係を持つといえる。
したがって、外国語学習・教授とはいかなる教育活動であるかを理解するために、何よりもまず、これがどの学問分野と何時、どのくらい規模で、いかなる関係にあるのか理解せねばならない。
■2つの異なる観点
だが、何世紀もの間、知識人によって外国語教育の学術的性質とはどうあらねばならないか議論が続く中、2つの異なる学術的見解とアプローチが浮かび上がる。
まず1つ目に、言語学、教育学、心理学、社会学、人類学、哲学等といった学問分野の各々は、それぞれ独立した学問的方法である。したがって、外国語教育はこれらの範囲外にあるというものである。
2つ目に、こうした諸々の学問分野は、外国語教育活動に寄与するに過ぎず、外国語教授・学習とはそれ以外何の関係もないというものである。
外国語教育の性質と関わる互いに矛盾するこの二つの学問的アプローチは、外国語教授・学習がどのような教育分野である必要があるかという点で様々な学問的議論をもたらした。
一方では、母語・外国語教育ともに、一般・理論言語学の一支脈であり、二つの学問の下に存在し、そのために フェルディナンド・デ・ソーサー、エドワード・サーピル、ブルームフィールド、チョムスキー、ファース、M.A.K.ハリデー、デル・ヒムスのような多くの言語学者が生み出した様々な言語学理論の下で扱われない場合、効果的な教育活動の中へ組み込まれないであろうという見解が浮かび上がった。
他方、上述のように、外国語教授・学習が、独自の特徴をもった独立した学問分野であるとの見解が現れ、またこの見解は多くの教育者と言語学者によって支持されている。
この二番目の見解によれば、外国語教育は、状態に応じて明確化される必要がある言語学、教育、心理学、社会学等の理論を活用しなければならない。しかし、どの学問分野のどの理論が、いかなる、どういった方法で教育上用いられるべきなのかということが、外国語教育を他の学問分野とは異なる立場に置いた。
結論として、互いに逆のこの2つの学問的アプローチがここ70年にわたって議論されてきた結果、日常生活で言葉と関わるあらゆる応用、使用、教育、研究、類似した学問的活動分野を中に取り込み、各々が独立した、独自の理論と学問的性質をもつ学問の一分野として、応用言語学の名のもとに現れた。これに関連して生み出された異なるモデルを下に示した。
応用言語学の分野で外国語教育活動をやや狭めて、これを一定の外国語の(ドイツ語、フランス語、英語、中国語など)教育に還元すれば、応用言語学とドイツ語・フランス語・英語・中国語教育、さらには応用言語学と翻訳・通訳といった学習分野を明示できる。
今日の大学ではYÖKによって決められた言語学の名の下で学科が存在している。しかし、外国語教授・学習方法は言語学関連分野の外にある。 国際的学界では、人類が手にした言語理論レベルで研究している「言語学」、「言語理論」、そして「言語記述」を概して明確な言葉に約分せずに、しかし理論を確認できるよう様々な言語から例を出して、「言葉」と称する極めて複雑な情報システムとは何なのか学際的な手法を用いて様々な理論を作り出しながら調べている。このため、言語学が実践的応用教育に携わることはない。
他方、一般および理論言語学の学説と研究技術が具体的な言語に還元される場合、その言語の構造上の特徴を、意味、表現、用法の分析、統語論、音声学、文法上の特徴を描写し、言語学とドイツ語、言語学とフランス語・英語・トルコ語・中国語といった異なった学問分野を形成している。こうした学問分野は、教授・学習に重要な貢献をしたにもかかわらず、それでもその言語の教授・学習方法に関して実践的教育手法を含んでいるとは言い難い。
よって、今日の大学で実践的職業教員のスキルを上げることを専らとする学科のカリキュラムを応用言語理論の枠組みで扱うことは不可避である。たとえば、外国語習得/学習、対照言語学、間違った分析、母語、実践音声学(音声学)、独立した学習、カリキュラム/授業を含んだデザイン、教授/学習メソッド、測定/評価、指導/相談、言葉/行動形態といった分野に属する学説について教員候補が知識をもつことは、その職業上、疑いなく重要である。
■外国語教師
忘れてはならないことに、「教員という職業」とは授業の中では実践に基づいた職業教育を必要としている。このため、外国語教員を養成する学科のカリキュラムでは、職業上の理論的知識に重きを置いた授業ではなく、教育上のスキルを培うことを目指した実践教育法を適応した授業に重きを置かなければならない。そう、これは理論と実践のジレンマであり、卵と鶏の関係にある問題なのである。しかしながら、「外国語」、「外国語教育」活動の双方における我が国にとっての大きな問題は、大学で今日実践されていることに比べて、より一層生産的、実践的、そして現実的な解決策を、トルコの現実を見据えつつ生み出すことを要している。
これに関連して、上記の「応用言語学と外国語教育」と関連して言及したあらゆる学術的見解とアプローチとともに、外国語教員がその職業教育を実りあるものとし、職務生活に十全な自信をもって身を投じるためには、教える外国語の会話、作文、リスニング、そして読解の能力を向上する事、その言葉を完璧に創造的な形で使用できる事、そしてこうした能力を国際基準の上で最低でもC1レベルで国際試験にはかって証明できるレベルまで達しなければならない。これと同時に、忘れてはならないことは、外国語教員は、何よりもまず「言葉の教員」であり、とても「言語に長けた者」でなければならない。このため、自身の母語の言語的、社会・文化的仕組みについても十分身に付けていなければならない。
最後に、トルコでの高等教育が再編成される中で、外国語教育が国際的なレベルで明確な質に達するため、まず最初にYÖKが応用言語学の分野を学科として認め、これに関連して外国語教育政策について必要な是正を実施することが不可避である。
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( 翻訳者:藤田昌弘 )
( 記事ID:28991 )