オクメイダヌ騒乱犠牲者、葬儀
2014年05月24日付 Milliyet 紙


オクメイダヌにおいて警官隊とデモ隊の間で起きた衝突の際に追悼のために訪れたジェム・エヴィで襲撃されたウール・クルトさんが、同ジェム・エヴィで多くの涙とともに見送られた。

オクメイダヌで追悼のために訪れたジェム・エヴィで襲撃されたウール・クルトさんの死後に始まった緊張状態は、未だ続いている・同地域ではデモ隊と警官隊の間で夜間も続く衝突において、さらに1名の命が失われた。クルトさんの遺体は、彼が追悼のために訪れたジェム・エヴィで見送られた。
ウール・クルトさんが先日亡くなったオクメイダヌでは、昨日(23日)も緊張状態が街を支配していた。警官は早朝からシャルク・カフェの周辺を封鎖した。クルトさんの親族らとともにオクメイダヌの市民は、早朝にジェム・エヴィに集まった。検察官が事件現場の検証にまだ来ていないため、クルトさんが襲撃された現場は長椅子などで囲まれ、その上には白い布が被せられた。

この事件に反発を示すアレヴィー協会は会見を開いた。記者会見の後、この事件を審議するハサン・ユルマズ検察官と警察がジェム・エヴィに到着した。ユルマズ検察官と事件現場を訪れたアサイシュ支部局殺人課のジハト・カヤエル局長には、彼らがジェム・エヴィに来るまでの間ずっとデモ隊からの反発が寄せられた。現場検証を行うためにユルマズ検察官がジェム・エヴィに入ろうとしたとき、カヤエル局長は一人の抗議者にジェム・エヴィ内への入室を阻止された。その抗議者は「お前は警察だから中に入るな」と言って、カヤエル局長に反発したという。
また別の抗議者はカヤエル局長を殴りつけ、その騒乱の中で局長を集団で暴行しようとした。このとき現場にいた芸術家のフェルハト・トゥンチさんを含む数人が、間に入って騒乱を鎮めた。事件現場から遠ざけられたカヤエル局長は、あるテレビ局の報道車両に乗って現場を離れた。カヤエル局長は搬送先の病院で、意識もしっかりした状態で治療を受けたと伝えられた。

ユルマズ検察官は、ジェム・エヴィ内で鑑識とともに現場検証を進めた。しかしその後、イスタンブル共和国首席検察局より「組織からもたらされた指示に関する調査が不十分であるため、再度検証が行われる」との発表が出された。検察局は、警官が所持していた武器14個を差し押さえ、それらの弾道解析を行うと発表し、検察官の現場到着が遅れたことに対する批判についても以下のように答えた。
「夜警の検察官は事件の30分後に地域内に入り、尋問を開始した。ウール・クルトさんはそのとき負傷者として病院に搬送された。もし彼が事件現場で死亡し、その場に遺体があったならば、検察官はすぐにそこに向かっただろう。事件現場では治安部隊は対応が取れない。最終的に前向きな返事が来れば向かうことになる。残念ながら向かったときには事件は起きている。」
イスタンブル共和国検察局に提出された事前検死結果によると、クルトさんの死因は9ミリ弾によって撃たれたことであることが伝えられた。

■フェネルバフチェのカラーとともに

一方、ジェム・エヴィで行われた現場検証の後でクルトさんの遺体は多くの涙とともに故郷であるスィヴァス県ウゼイル村へと見送られた。クルトさんの妻は立っているのも困難な状態で、しばし気を失うこともあった。ジェム・エヴィで追悼の祈りが捧げられた後、ハラールのために通りの先にある家へと運ばれた遺体には、何千人もの人々が寄り添った。クルトさんのためにフェネルバフチェカラーの布が被せられた棺が肩車で運ばれる中、人々が掛け合ったスローガンは遺族を不快にした。
疲労困憊状態のウール・クルトさんの妻が真っ先に反感を示し、彼の妹も「すべてはあなたたちのせいで起きたことなのです。こんなデモ行為などしなければ、私の兄は無事だったのです」と叫んだ。クルトさんの葬式にはベルキン・エルヴァンさんの父であるサミ・エルヴァンさんも出席した。

■さらに1名が死亡

その一方で先日の夜に起きた衝突の際に、さらに1名が亡くなった。長い間身元が不明だったその被害者は、翌日の夜になってアイハン・ユルマズさん(42歳)であることが判明した。ギレスン出身のユルマズさんは、帰宅途中で顔に何らかの物質が当たって負傷し、しばらく意識を失った状態で救急車の到着を待っていたことがわかった。

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( 翻訳者:指宿美穂 )
( 記事ID:33988 )