10月7日、ディヤルバクルで何がおきたのか?
2014年10月10日付 Hurriyet 紙


10月7日夜、ディヤルバクルで活動家と自由ダウア党(以下、HÜDA-PAR)員の間で始まった石、棒、肉切り包丁を用いた喧嘩は暫くすると銃撃戦に発展した。何時間も続いた衝突により、HÜDA-PAR党員5人が死亡した。55歳のマフムト・エネズ氏はHÜDA-PAR党員と見なされ、殺害された。

ディヤルバクルでは、月曜日夜から3日間に亘った騒動により、PKKとHÜDA-PAR間の衝突を主な要因として、10人が死亡した。(1980年の)9月12日軍事クーデター後、初めて外出禁止令が発令された。

事件は、イスラム国の攻撃に対する抗議デモで始まった。10月6日夕刻、首都アンカラに集まった人民の民主主義党(以下、HDP)は、中央執行委員会で採決した決議を書面で知らせた。書面発表では、コバーニーの状況が極めて危機的であると述べられ、「コバーニーで生じた虐殺の企てに対し老若の同胞を街頭へ、スペース確保や行動に移るよう呼びかけている。あらゆる国際機関、民主的大衆組織、労働・職業組織、女性・青年組織、民主主義勢力は、コバーニーで行われている蛮行に対し行動しなければならない。これ以降、あらゆる場所がコバーニーである。コバーニーでの包囲、凶悪な攻撃が終了するまで継続的に抵抗するよう呼びかけている」とされた。

同時刻、ディヤルバクルで民主地域党(以下、DBP)は、人々がスルチへ向かうよう誘った。HDPとDBP両党の呼びかけを受け、ディヤルバクルではデモ参加者が党事務所前で集まり始めた。バーラル、スル、イェニシェヒル、カヤプナル郡でデモ参加者の一部が火をつけ通りにバリケートを敷いた。警官隊はガス爆弾と高圧水でデモに対処する中、事件は短時間で都市全体に広まった。デモ参加者は、銀行の支店やATMに被害を与え、一部の事業所に火炎瓶や石で攻撃を加えた。

■シャッター閉まる

覆面グループもその中に含むデモ参加者は、夕刻にかけ市内中心部のイェニシェヒル郡のオフィス街に到着した。警察は、エキンジレル通りを交通標識、ゴミコンテナ、石で閉鎖するグループに対し、時にガス爆弾、高圧水で対抗した。脇道に逃げ込んだデモ隊は、再び大通りに戻りバリケートを築いた。事件が大きくなると、小売商はシャッターを閉じ、住民も家に避難した。あたりが暗くなるや市内の至る所で事件が勃発し始めた。イェニシェヒル、バーラル、スル郡では複数の事業所で火災が起こった。消防隊は、警察の暴動鎮圧用車両(TOMA)とともに鎮火に努めた。デモ隊がいたるところで車のタイヤに着火すると、都市を煙が覆った。

■銃撃戦が展開された

事件が続く中、HÜDA-PARに近いとされる「預言者を愛するものたちのプラットフォーム」メンバーであるスル郡のファティフパシャ地区にある「モスク・コーランクラス建設・運営、相互支援・連帯協会(Cami-Der)」支部が焼失した。同時刻、バーラル郡シェント通りにある、やはり「預言者を愛するものたちのプラットフォーム」のメンバーである「村落・メズラー・町との相互扶助・教育・文化協会(以下、Köy-Der)」も衝突の場となった。Köy-Derのメンバーであり、犠牲獣の肉を配っていた者たちも、攻撃の音を聞くや協会の建物に避難した。この時、再びバーラルにいる「拘留者・受刑者、その家族との相互支援・連帯協会(Yusufi-Der)」にもデモ隊は攻撃を行った。伝えられるところによると、Köy-Derに戻った者とデモ参加者の間で争いが生じた。当初、石、肉切り包丁で始まったが、後に銃が用いられた。デモ参加者は銃で、協会の建物にいる者はショットガンで発砲し た。

何時間も続く衝突で、デモ隊とHÜDA-PARに近い協会のメンバー双方に死者が出た。HÜDA-PARに近いグループでは5名が死亡した。トゥラン・ヤワシュ、ヒュセイン・アフメト・ダーカク、ハサン・ギョクギョズ、リヤド・ギュネシュが銃撃を受け、死亡した。ただ、HÜDA-PAR幹部は、殺害されたハサン・ギョクギョズ、リヤド・ギュネシュ、ヒュセイン・アフメト・ダーカクが攻撃から身を守るために避難していたビルの4階より、相手に下に投じられ、その後車に轢かれ殺されたと主張した。デモ隊の4名もこの衝突で亡くなった。スカーフを着用する妻を持つマフムト・エネズ(55)は、バーラルで道を歩いている最中に撃たれ、殺された。エネズとHÜDA-PARとは無関係であることが明らかにされた。

■外出禁止令

事件の拡大・継続を受け、ディヤルバクルでは(1980年)9月12日軍事クーデター後初めて外出禁止令が敷かれた。ディヤルバクル県知事府は、10月7日午後10時20分に書面発表を行い、ディヤルバクル市中心及び隣接する3郡で外出禁止令が敷かれたと知らせた。夜間に死者が出たとの情報が入ったことを受け、県知事府は、10月8日3時20分に2回目の書面発表を行い、外出禁止令の範囲を拡大し、延長したと説明した。外出禁止令が続くディヤルバクルで、食料・農業・畜産相のメフディ・エケル氏は記者会見を知事府で行い、事件による死者が10人、負傷者が多数発生していると述べ、平静を呼びかけた。事件は随時首都アンカラに報告された。

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( 翻訳者:山根卓朗 )
( 記事ID:35527 )