アルバイーン(イマーム・ホセイン殉教四十日目の儀式)は如何に世界を揺り動かすのか-その2
2014年12月14日付 Hamshahri 紙

◇静かな戦場
 この儀式の無事な開催について、エマード・アフルーグ教授は以下のように述べている。「今年のアルバイーンの徒歩巡礼者は、イマーム・ホセインがヒジュラ暦61年(西暦680年)にその命と引き換えに撒いた種子の結実である。この出来事は、イマームの静かな戦場戦略に遡る。」

 アフルーグ氏はファールス通信の取材に対し、アルバイーンに2千万人の巡礼者が参加するというシーア派の力の表出ついて次のように述べた。
「この問いは、この場所に対する我々の感覚や受け取り方に回帰する。私は全てにおいて、このテーマをイマーム・ホセインの見解とアプローチに戻す。彼が金と策謀という手段で完全武装した敵と遭遇したのは、静かな戦場だったのだ。」

 同教授は、次のように説明した。「この時代に我々が目撃者となったこと、そしてこれ以後も目撃者であり続けるであろうことは全て、イマーム・ホセインが撒いた種子の結実である。血の自己犠牲は、ああいった状況で全ての人間がなせるものではない。なぜなら神への唯一絶対的な信頼にあふれ、常に絶え間なく湧き上がるこの熱情と愛情は、イマーム・ホセインの勇猛果敢な行為に回帰するからである。

 イラクの有力な一門であるアル=モダッレスィー家に属するイスラーム法学者マフディー・アル=モダッレスィー師もまたアメリカのハフィントン・ポスト社の雑誌に寄せた論考の中で、アルバイーンが発するメッセージついて述べている。
「イスラーム教徒のメッカへの大巡礼でもなく、ヒンドゥー教徒のクンブ・メーラ(3年毎に開催される聖なる川での沐浴を行う宗教行事)でもなく、知られているようにアルバイーンは、世界で最も人が集まる集会である。…アルバイーンにはもう一つ特色がある。明らかにシーア派の精神的な一修行であるこという状況において、スンナ派のイスラーム教徒に加え、キリスト教徒、ヤズィーディー(ヤズディ)教徒、ゾロアスター教徒、果てはサービア教徒でさえ、その巡礼に巡礼者として参加しているのだ。」

 その完全原稿はモサッラス誌(イランの保守派系週刊誌)にも掲載されているが、同師は更に、この話題におけるイスラーム教徒の能力誇示について次のように記している。
「行事に参加している人々の人数を見るだけで、あなたはきっと絶句することでしょう。」

 その独自性に付け加えるべきことは、次の点だろう。治安が次第に悪化している状況で、テロリストによる数々の脅しにも屈さず、それに抵抗する行進に参加しようと多くの人々が奮い立っていることである。それ故、徒歩巡礼は宗教的な一修行であるのみならず、抵抗の明白な意思表示でもある。こんなビデオ映像も発行されている。一人の人間が群衆の中で自爆テロを実行すると、多くの巡礼者が爆発現場のそばに集まり、声を揃えて叫ぶ。「たとえ手足が吹き飛ばされようとも、我々は神聖なる地まで這いつくばってでも行く」と。

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( 翻訳者:プロキオン )
( 記事ID:36436 )