村人、モスクのイマームを訴える
2015年04月09日付 Radikal 紙


イズミル県ベルガマ郡、オルレミシュ街区の住民は、モスクのイマームであるムスタファ・タルハ・チョアシュ氏(33歳)が、生前にモスクへ礼拝をしに来なかった人の葬儀礼拝を行わず、さらに故人がムスリムであったかどうかの保証人を求めたほか、イスラムの教えにないという主張に基づいて*メヴリードを詠まなかったとして、郡に請願書を出して訴えた。
訴えられたイマームのチョアシュ氏は、自分のことを快く思っていないのは、モスクに来ない人たちだと述べ、メヴリードを詠んでいないこと、前街区長の葬儀礼拝も行わなかったことを認めた。


ベルガマから33kmのところにあり、広域市法に基づいてマハッレ(街区)へと行政単位を変更されたオルレミシュは、人口350人の町である。オルレミシュのモスクで7年間イマームを務めるムスタファ・タルハ・チョアシュ氏は、モスクで礼拝しない者に対しては葬儀の際の礼拝を行わないなど、住民たちの間で差別をしたとされる。住民たちはこの状況を好ましくないとして、チョアシュ氏(既婚、二児の父)を必要としないという署名を村々で集めた。署名は81人分集まり、4月7日にはベルガマ郡に提出された。署名運動が続く中、住民たちは今日9日も役場の前に集まり、口々に不満を述べた。

■「故人がムスリムだったかどうか、保証人を求めてくる」

住民のヤシャル・ヤシャ氏は、イマームのチョアシュ氏が信徒たちの間で差別をしていたせいで、町の平和が壊されたと言う。
「亡くなった人がモスクに来ていたかどうか問い詰めてくるんです。故人がムスリムであったことの証拠を求め、保証人を連れてこいといい、さらには墓地でコーランを詠むことまで拒否します。メヴリードを詠むことにも反対しています。町の住民は、この状況を好ましく思いませんので、金曜日やバイラムの礼拝の時には、隣町のモスクに行くことにしています。」

■前街区長の葬儀礼拝も行わず

ヤシャル・ヤシャ氏の父、ヒュセイン・ヤシャ氏は、この街区の前街区長だったが、チョアシュ氏は彼の葬儀礼拝も行わなかったという。
「しかし父は20年も街区長を務めあげ、ここのモスクは父のおかげでできたものなのです。子供たちはコーラン読誦教室に行かせましたし、このような人を『不信心者』などと呼んで葬儀礼拝を行わないなど、どうしてできるのでしょう。これは濡れ衣です。」

■「死者にコーランは詠まれない」

こうした主張に対し、イマームのチョアシュ氏は、自分のことを快く思っていない人たちはモスクにきちんと来ていない人たちだ、とする。
この状況を「示唆的なもの」だと評価するチョアシュ氏は、つぎのように述べた。
「アッラーが何を啓示し、コーランで何を知らせるよう命じ、神の使徒(ムハンマド)が生前に何を行ったか、私はそれらに基づいて生きています。『コーランは生けるものに対する一つの警告である』と神は言っており、すなわち死者に向けてコーランは詠まれないのです。「生きているときにコーランを詠まなくたっていいでしょう、(コーランの)節を実践しなくたって構いません。死んだ後にあなたの魂に向かってコーランを詠んでもらってください。でもそれでは何の意味もないでしょう?預言者が死者に対してコーランを詠んでいたなどという根拠はありません。開端章(注:クルアーンの最初の章)を詠むことは後世に習慣化したものです。メヴリードを詠むことにも反対です。人々をその響きで惑わすからです。メヴリードとは、**スレイマン・チェレビが預言者への愛を詩に著したもので、これを信仰という形にあてはめることに不快感を覚えます。」

■「アッラーを信じていなかったから葬儀の礼拝はしない」

チョアシュ氏は、町の前町長であるヒュセイン・ヤシャ氏の葬儀礼拝を執り行わなかったことを認めた上で、こう話す。
「神は、『彼ら(注:不信心者)のうちの一人が死んだ時、死者のそばに立ったり、礼拝を執り行ったりしてはいけない』と命じています。最近葬儀礼拝を行わなかった人物、ヤシャル・ヤシャ前街区長とは何度も話したことがありますが、彼はアッラーの存在を否定しました。彼が死んでも、葬儀礼拝は行わないと言ってありました。そもそも彼の葬式の日は、私は公式に休暇を取っていました。」

■「今回訴えられたことを神に感謝した」

「今回の訴えによって私は落ち着いて神に感謝しました」と言うチョアシュ氏は、こう続ける。
「『これはあなたの道で私が行ってきたことの証明書です』と(神に)言いました。彼らの言い分は反イスラム的で、あってはならないものです。この一節(注:クルアーン 蟻章27:50 )を例にあげたいと思います。『彼らは罠を仕掛けた。しかし彼らの知らないうちに、アッラーも彼らに罠をしかけていた。』私は、どんな階層も、地位も、組織も、人も怖くない。私はただ一つアッラーを畏れ、またアッラーのご加護の下にあるのです。」

*ムハンマドの誕生について伝える詩だが、トルコでは冠婚葬祭や割礼、巡礼者や兵役へ行く人を送迎する時などに詠まれる習慣がある。
**ブルサの詩人で、1409年にメヴリードを書いたとされる。

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( 翻訳者:今城尚彦 )
( 記事ID:37279 )