ラマザン月、はじまる
2015年06月17日付 Radikal 紙


ラマザン(ラマダン)月の開始とともにトルコ各地で市民らがモスクに殺到した。最初のテラーヴィフの礼拝(夜の礼拝の後に行われる礼拝。ラマザン月のみ行われる)が行われた。アフメト・ダヴトオール 首相も最初のテラーヴィフの礼拝を宗務庁のメフメト・ギョルメズ長官とともにアフメト・ハム ディ・アクセキ・モスクで行った。

ラマザン月の最初のテラーヴィフ礼拝でモスクは人で溢れた。ハタイ県からビトリス県やマルディン県まで、トルコ各地のモスクは人で一杯になり、最初のテラーヴィフの礼拝が行われた。宗教観光にとって重要な中心地のうちシャンルウルファでも非常に多くのイスラム教徒が預言者イブラヒム(アブラハム)が生まれたと伝えられる場所、そして預言者アイユーヴ(ヨブ)が病気の時に厳しい試練を受けたと伝えられる場所を訪れた。断食をしていた人々はイフタール(断食明けの食事)をとった。アフメト・ダヴトオール首相も最初のテラーヴィフの礼拝を宗務庁のメフメト・ギョルメズ長官とともにアフメト・ハムディ・アクセキ・モスクで行った。

■「ラマザンを真の意味で理解できていない我々の兄弟を忘れないようにしよう」

モスクの出口で新聞記者らが「ラマザンの最初のテラーヴィフの礼拝を行いましたね」と言ったことに対して、ダヴトオール首相は「有難いことに最初のテラーヴィフの礼拝を我々は行った。まず初めに神聖なるラマダンが我々の国全体に、我々の国民に、イスラム世界に、そして人々にとって素晴らしいものであることを祈っている」と述べた。ダヴトオール首相はラマザンとともに全てのイスラム世界で、トルコで、そして各家庭で異なる崇高な空気が流れ始めたことを述べ、家族は断食明けや断食前の食事で同じテーブルを囲み、繰り返し同じ空気を共有することによる心の安らぎを感じていると強調した。ダヴトオール首相は通りで、イフタールの食卓で、全てのモスクで、テラーヴィフの礼拝で繰り返し慈愛に満ちた空気が流れていることを指摘し、以下のように述べた。

「有難いことに平和の中で我々はラマザンに到達した。しかし我々がラマザンを理解している一方でシリア、イエメン、リビアそしてエジプトなどの多くの国で国内の不安定さが原因でラマダンを真の意味で理解できていない我々の兄弟たちがいることを忘れてはならない。アッラーよ、トルコにおいて平和が続くことを、そして他の国々にいる我々の兄弟が困難を乗り越えられるようあらゆる種類の助力ができる力を我々に与え給へ。このラマザンが我々の国にとって、全ての兄弟という心の領域に生きている我々の兄弟、兄弟国の人々にとって素晴らしいものであることを、平和がもたらされることを、そして慈悲と愛情がもたらされることを我々は祈っている。それゆえ全てのメディア関係者にもラマザン中は素晴らしいニュースを伝えるよう祈っている。我々は素晴らしいニュースでもって、幸運なニュースでもってラマザンを理解し、バイラムを迎えることができるだろう。」

ダヴトオール首相も参加したテラーヴィフの礼拝を宗務庁のメフメト・ギョルメズ長官が行ったことが明らかにされた。

■バトマン県でトルコ語とクルド語の説教

バトマン県、マルディン県及びシュルナク県で、モスクは最初のテラーヴィフの礼拝のため人々で溢れかえった。バトマン県ではイシャー礼拝(日没後2時間行われる礼拝)の前にウル・モスクのイマーム、アブドゥラー・サヴ氏がトルコ語とクルド語の説教を行った。マルディン県でも最初のテラーヴィフの礼拝のため、700年もの歴史あるカスミイェ・マドラサは人で溢れかえり、人々はマルディン県知事府及びムフティー局によって行われた修復活動の結果、再開され、550年にもわたり何千人もの学者を育ててきた歴史的なマドラサで礼拝を行うことの幸福を味わった。

■西部トラキアでラマザンの興奮

ブルサの人々はテラーヴィフの礼拝を、ウル・モスク、イェシル・モスク及びエミルスルタンのようなモスクで行った。神聖なラマザンは、ムスリム・トルコ人の少数派が住む西部トラキアでも昨晩行われたテラーヴィフの礼拝により始まった。何日も前から清掃やライトアップがなされ、ラマザンに備えていたギュムルジネやイスケチェのモスクで、人々は最初のテラーヴィフ礼拝の興奮に沸いた。一方、トルコ人が住む村々でもモスクが村民らで溢れた。

■シリア人らテラーヴィフの礼拝を難民キャンプで行う

マラティヤ県の難民キャンプで暮らすシリア人らは最初のテラーヴィフの礼拝を行った。ベイダー難民キャンプで暮らすシリア人らは最初のテラーヴィフの礼拝のためキャンプ内の二つのモスクを一杯にした。老若男女を問わず、非常に多くのシリア人らが礼拝を行った。女性は男性とは別の場所で祈りを捧げた。

■スルタンアフメト・モスクで「エンデルン方式」の礼拝

イスタンブルはというとスルタンアフメトやスレイマニイェ、エユプスルタンをはじめとする市内のモスクに人々が殺到し、最初のテラーヴィフの礼拝でもってラマザンの興奮を味わった。モスクを一杯にした老若男女、数多くの人々が礼拝を行い、祈りを捧げた。スルタンアフメト・モスクでイラーヒー(宗教歌)に合わせて行われた「エンデルン方式*」のテラーヴィフの礼拝に、人々は大きな関心を示した。

*オスマン朝時代に宮廷で始められた礼拝方法で、主な特徴は、計20回の立拝を、5回に分けて、それぞれ異なる旋法に合わせ行う点にある

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( 翻訳者:満生紗希子 )
( 記事ID:37890 )