これが、ロシア大使暗殺犯
2016年12月19日付 Hurriyet 紙


ロシア大使アンドレイ・カルロフを暗殺した犯人をカメラがとらえた。犯人は1994年にショケ郡で生まれた機動隊所属警察官のメヴリュ ト・メルト・アルトゥンタシュである。アルトゥンタシュの勤務地はアンカラ県警だ…。CNNトルコで放送された「ニュートラルゾーン」にゲスト出演したヤシャル・ハジュサリフオールは、ロシア大使を暗殺した犯人が警官であり、フェトフッラー派テロ組織(FETÖ)のメンバーの可能性があると述べた。ハジュサリフオールは、試験問題が奪われたことに関する捜査でアルトゥンタシュの名前が挙がったと話した。この間、暗殺犯である警官の家族宅で家宅捜索が行われている。本紙コラミストのアブデュルカーディル・セルヴィは、暗殺犯が犯行現場で行った発言はアル・カイーダ過激派を想起させるが、アラビア語はかなり下手であると述べた。セルヴィは、暗殺犯が世界に自身をアル・ヌスラ戦線のメンバーとして示すことに特別にこだわっていたが、FETÖとの関係性が捜査されていると話した。 暗殺犯は7月15日は非番で勤務していなかったことも分かった。

目撃者の証言によると、犯人はアンカラ現代アートセンターで行われたカムチャッカ写真展に自らを警官だと名乗って入場した。犯人は写真展開催の際にカメラにとらえられている。暗殺犯は、カルロフ大使がスピーチをしようと演壇に来た瞬間に背後から銃撃した。犯人はその後、展示会場にいた全員を外に出した。その後、場内から再び銃声が鳴った。

犯人は暗殺後に、「私はここから死ぬまで出ない」と言ったとされている。事件発覚後、現代アートセンターの前に多数の警察隊が出動した。特別機動隊が建物に入ると衝突が始まった。

■イズミル リュシュトゥ・ウンサル警察学校卒業生

ロシア大使アンドレイ・カルロフを暗殺した犯人のメルト・アルトゥンタシュは、高校卒業後2012年にイズミル県ブジャ市のリュシュトゥ・ウンサル警察高等学校に入学し、2年間の教育を受けた後2014年に卒業したことが明らかになった。当人が警察学校に入ったころ教育局はFETÖのメンバーの指揮下にあり、さらにアルトゥンタシュが教育を受けていた時期以降に関係があった部下、上司および周囲にいた警察隊員がFETÖのメンバーであるとの告発を受け免職されていたことが分かっている。メルト・アルトゥンタシュはFETÖ内で潜伏工作員のように評価されていたという。

■母と妹は逮捕

マニサ出身であるメルト・アルトゥンタシュの、アイドゥン県ショケ郡に暮らしていた母と妹が事件直後に警察局へ連行されたことが分かった。母と妹が逮捕されたとする一方で、一家が住んでいたショケ郡のチェルティクチ街区ヒュリイェト通りにある自宅では警察が家宅捜査を開始した。

英語で放送されたロシアの国営放送(RT)によると、犯人は1994年にショケ郡で生まれた、機動隊所属警察官のメヴリュト・メルト・アルトゥンタシュである。アンカラ広域市市長メリフ・ギョクチェキもツイートを投稿している。

犯人は警官…。
私の聞いた噂ではFETÖの人間らしい…。
犯人のスローガンはただの認識操作だ…。

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( 翻訳者:金戸 渉 )
( 記事ID:41795 )