パレスチナ:インティファーダ勃発から32年
2019年12月09日付 al-Quds al-Arabi紙


■インティファーダ勃発から32年・・・パレスチナの人々はどのようにイスラエルの攻撃に立ち向かってきたのか

【ガザ:本紙】

昨日12月8日はインティファーダが勃発してから32年目に当たる。インティファーダは1987年同日から1994年まで続き、ガザ地区北部のジャバリアパレスチナ難民キャンプで火花を散らした大規模民衆反乱に伴って発生した。インティファーダは短期間で西岸地区やガザ地区のパレスチナ全域に広まり、占領に対するパレスチナ人の抵抗を示した。
 
「インティファーダ(石の蜂起)」という名前は、民衆反乱で機関銃に対するパレスチナ人の武器が石であったという事実に由来している。デモ参加者に対するイスラエルの猛烈な抑圧は数千人の死傷者といった犠牲をもたらし、若い青年に加え数万人のパレスチナの子供や女性、老人までもが強制収容所に収容されることとなった。

殉教者の遺族と拘留者の家族のための保護財団のデータによると、インティファーダを通じて1550人のパレスチナ人が殉死し、10~20万人の人々が逮捕された。

同様に、パレスチナ負傷者組織のデータにより、インティファーダでの負傷者は7万人を超えており、そのうちおよそ40%は後遺症に苦しんでいると示された。また、拘留者数に対する占領国(訳注:イスラエル)の収容所の不足のため、同国は数千人の囚人を収容するために、テントからなる「ネゲヴ砂漠」収容所を新たに創設した。


(後略)

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(翻訳者:伊藤遥)
(記事ID:48219)