難民のヨーロッパへの希望は幻滅と怒りに変化
2020年03月02日付 Cumhuriyet 紙

ヨーロッパが自分達に門戸を開くとの希望を抱いてエディルネに殺到した難民達の期待は幻想に変じる中、トルコ政府が難民達をヨーロッパ国境に仕向けた政策は期待した効果をあげなかった。

国境を越えるとの希望を断たれた何百人もの難民は、イスタンブルを筆頭に住んでいた町に戻り始めた。

国境の開放という希望を抱いて国境地帯にやってきた難民たちの数は4万人ほどであり、国境には思った程難民が集まらなかったのが窺えた。さらに、トルコから出国したい難民の中には、シリア人同様にアフガニスタンや中央アジアのチュルク諸国から来た者達もいる。

分散した状態で様々な場所にいる難民たちの間では、健康問題も生じている。多数の子供たちが発熱を伴った病気にかかっていると明らかにされる一方、大人も衛生的でない条件で生活しているため病気にかかる可能性があるという。この間、当局は、エディルネにある支援組織が難民たちのために持ってきた食べ物が、軍警察を通じて配られる、と伝えた。支援が、災害緊急事態対策庁と赤新月社を通じて実施されるべきとも言及した。

■噂は希望を引き延ばす

エディルネのマリツァ(メリチ)川沿いのドイラン村は、ギリシアに最も近い場所であり、待機者は、減少したとはいえ、継続している。ここからボートでギリシアへの入国に成功した人々がギリシア国境監視団により再送還されたと明らかにされた。にも関わらず、いまだに待機する難民たちがとどまっている理由は、ギリシアに4万人の移民が通過したという噂である。しかし、ギリシアは、1万8千人が通過し、このうち4千人は再送還され、ほかの人々も一定の場所で拘束されていると発表した。

この間、この地にいたメディア関係者には、昨日、国境付近の地域への出入りが禁止された。難民たちがやってきた当初はメディアを優先的に通していた。この禁止は、パザルクレ国境に集まった難民たちがトルコ政府に反発を示したため実施されたと言われる。

トルコ政府主導でヨーロッパへ移動するためにエディルネに来た難民たちは、通過の際に自分たちをトルコ警察と軍警察が手伝ったが、ギリシアへの入国が不可能であると述べて、「政府はこれを知りながら私たちを送った」と言った。匿名のシリア人難民は、「私たちに、『親戚全員で国境に行きなさい。あなたたちを受け入れるようにギリシアに圧力をかける』と言ったが、私たちは今放っておかれている」と話した。国境を通過できた人々がギリシアに入国できず、トルコに戻る可能性もないため、「緩衝地帯」で困っていると述べた。パザルクレあるいはイプサラ国境に近い地域で待機する難民たちの間で不満が広がっていると明らかにされた。

アフガニスタン出身の難民は、3年間暮らしてきたとするイスタンブルで賃貸住宅にある家具をすべて売り、3000リラのタクシー代を払い家族とともにエディルネへ来た。手許に200リラしか残っていないと述べて「子供を連れて戻ったとしても、どこに住めばいいのか」と述べた。

■経済が止まった

エディルネ市評議会ズィヤ・ギョケルキュチュク代表は、難民の到来により市の経済が停滞していると述べた。「エディルネが以前の経験から難民に友好的である」と強調したギョケルキュチュク代表は、直近の難民の殺到のうわさのためブルガリアやギリシアから週末に買い物のためにやってくる人々が減ったと述べた。

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら

 同じジャンルの記事を見る


( 翻訳者:新井慧 )
( 記事ID:48621 )