新自由主義的な政権は弱体化しているのか
2024年06月12日付 Cumhuriyet 紙

インドで1ヶ月半にわたり続いた総選挙が終了し、結果が6月4日に発表された。ナレンドラ・モディ首相の率いるインド人民党(Bharatiya Janata Party, BJP)は、約36%の票を獲得して第一党となった一方、インドの創設政党であるインド国民会議派(Indian National Congress, INC)は21%の票を得て第二党となった。インドでの政治的な動きは実際にトルコにとっても非常に重要である。なぜなら、文化的には異なるが、この二国は政党政治、社会的亀裂の軸、経済構造などの面で非常に似ているからである。この類似性により、一方の国での政治的経験が他方の国にとって教訓となる可能性が生まれるのである。そして、インドで10年間政権を担い、6月4日以降の5年間も政権を維持することが確実となったナレンドラ・モディ首相のBJPがトルコのAKPの動向を注視していることを私たちは知っている。

■トルコと類似している点

まず、インドとトルコのポピュリズム、新自由主義、そして、権威主義の経験が非常に似通っていることに言及するのは、妥当だろう。フリーダム・ハウスが2024年に発行した自由に関する報告書によれば、インドは民主主義的価値において後退し、史上初めて「部分的自由」に分類された。モディは政権を獲得した2014年には、比較的穏健な言説を採っていたが、時間を経て国家諸機関への統制を強め、メディアを含むインドにおいて公共の領域で唯一の支配者となった。同党は、一方で、社会福祉と、「ヒンドゥー」のアイデンティティのポピュリスト政策を通じて下層階級の支持を得ており、もう一方では、新自由主義経済政策によって資本家階級の支持も得て、幅広い支持基盤を構築した。その結果、社会民主主義の国民議会派は、2014年と2019年の選挙で歴史的にも最も低い票を得て、議会での議席数も著しく減少した。

モディ首相のBJPは、ヒンドゥトヴァといわれる、「民族主義と宗教性」統合を掲げている。BJPはRSSという準軍事組織の一部であり、このRSSはヒンドゥトヴァの中心的な組織の一つである。RSSは、過激な活動を理由に3度インド憲法裁判所によって閉鎖されたが、その後、BJPをその政治部門として創設した。RSSの世俗主義に反対して、極端な保守政策を推進するBJPは、1990年代に新自由主義政策とともに力を増し、過去10年間においてモディとともに権力の頂点に達した。しかし、注目すべき点はは、BJPが、過去10年間で組織としてではなく、モディの周りで形成された「強いリーダーシップ」言説によって、モディ個人によって力を増してきたということである。


■ 選挙は何を語っているのか?

トルコとインド政治の間における象徴的な類似点も非常に興味深いと思う。たとえば、野党指導者ラフル・ガンディーが4000キロメートルの行進、「バーラト・ジョドー・ヤトラ」を通じて野党を統合して、与党に対して28党の連合を立ち上げたことや、モディ首相が論争の的となっている地域にあって、かつて極端な国家主義者によって破壊されたバーブル・モスクの代わりに、ヒンドゥー教の寺院を建立したこと、モディがインドの連邦議会であるローク・サバーで、3分の2の多数派を得るためにインド国民より400名の議員を求めたことは、この文脈において興味深く、象徴的なニュアンスを有している。

他方、両国で最近の選挙で注目されたのは、野党が増強したことである。エルドアンが、地方選挙において敗北したことは、インドでも類似の事態が軽度に見られたと言える。というのも、モディ率いるBJPは、37%の得票率を達成し、国民議会派の2.5倍の議員数を獲得したものの、400議員に及ばず、過半数を確保するために連立を組まざるを得なかったからである。近年の物価上昇がこの結果に影響を及ぼしたことは否定できないが、新自由主義経済の危機は、インドにおいてトルコほど深刻ではないと考えられる。しかし、国民議会派が、2024年の総選挙で連邦議会で議席数を二倍に増やしたことは、良い兆候であり、社会民主主義の政策がグローバルスケールで再び重要性を増している一つの証左である。

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( 翻訳者:関颯太 )
( 記事ID:58096 )