−(続き)−
幸運なことに、多くの戦いでイランの司令官や兵士らが勝利を収める。すべての勇士が敵と相対するまでこの物語は続く。最後にはグーダルズとピーラーン自身が戦わなければならない。このとき、平和を確立し、戦争を調停し終わらせようと努めるのはグーダルズよりむしろピーラーンである。グーダルズはイランとトゥーラーンの先の戦争で60人から70人ほどの近しい者を失い、このために憎しみを抱き、平和を望まないのである。一方、ピーラーンは和平のために努め、この戦争を平和に向けて終わらせようとする。最終的にグーダルズは受け入れず、両者は相まみえて戦い、結局この対決においてもグーダルズが戦場で勝利する。
二人の勇士は戦いの前にそれぞれの部下に向け、どちらかが殺されたときでも、相手側の権利を蹂躙したり、略奪したりする権利はなく、いかなる攻撃も行ってはならないと命じる。事態は勇士らの一方が殺されることにより終わり、最終的にはすべては平和へと至る。これは『シャー・ナーメ』におけるすべての戦いで起こることである。一般の人々や都市などが決して戦いに巻き込まれることはない。ただ勇士たちがおり、彼らが極限の勇敢さと身体的能力と軍事的能力を使って互いに相手の力を奪う。戦争の規則と平和の諸規範を踏みにじってはならないと誰もが認めており、これは『シャー・ナーメ』の明確な特徴の一つである。
『シャー・ナーメ』の戦争とその詳細について一冊の本が書かれるのは適切なことである。『シャー・ナーメ』中の戦争においては、最初に使者がやって来る。彼は完全な身の安全が保証されており、誰も彼を害する権利を持たない。この使者は交渉のために来訪し、双方が取り決めを交わすために相応しい場を選ぶようにし、双方は決して互いに圧力をかけて降伏を強いることをしない。また、『シャー・ナーメ』中の戦争において夜襲は絶対に存在しない。実際のところ、『シャー・ナーメ』の戦争は義侠的なものであり、根本的に戦争ではなく、ある種の試合のようのものと言うことができる。全き気高さをもって行われ、常にイラン人にとって栄誉であったし、現在も栄誉であるところの勇猛なる試合である。フェルドウスィーは常にこのように述べている。「私にとって、和解は戦争より好ましい」。これは和解と平和を戦争より好ましいとみなす『シャー・ナーメ』の理念である。
−(了)−
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