イスラームに対するシオニズムの敵意の歴史的ルーツ;ジャディードボナーブ師「預言者ムハンマド(彼とその一族に神の祝福あれ)はメディナに移った時、対話、盟約、そして社会的共生に基づいて行動した(4)
2026年08月10日付 Jam-e Jam 紙

―続き―

◆バヌー・ナディール族が預言者(彼とその一族に神の祝福あれ)に暗殺を企てるきっかけとなった決定的な出来事は何でしたか?

―クルアーン朗誦者たちの殉教後、生き残った一人の者が帰路で、バヌー・ナディール族と盟約を結んでいた部族の者2人を殺してしまいました。盟約の内容に基づけば、バヌー・ナディール族はディヤ[※イスラーム法で殺人者が被害者側に支払う賠償]の支払いに参加しなければいけませんでした。預言者はこのことについて話し合うために彼らの城砦へ赴きましたが、彼らはこれを暗殺計画実行の好機と考え、城砦の上から大きな石を預言者の頭に投げつけることを決めました。しかし預言者は天啓によってこの陰謀を知り、謀略が実行される前にその場を去りました。かくしてこの謀略も失敗に終わったのです。

◆ユダヤ教とシオニズムの違いは何ですか?

―ユダヤ教はムーサー[※モーセ]様(彼に平安あれ)を預言者とし、法と天啓の書を有している神聖なる宗教です。もしこの宗教の信者たちがムーサー様(彼に平安あれ)の真正な教えに忠実であったならば、歴史上の逸脱の多くは起こらなかったでしょう。しかしシオニズムは政治的な運動であり組織であって、その初期の創設者たちが主にユダヤ教徒だったとはいえ、ユダヤ教と同一視してはいけません。

◆シオニズムの潮流の形成はどこから始まったのですか?

―第一回シオニスト会議がテオドール・ヘルツル[※Theodor Herzl(1860-1904年);「近代シオニズムの父」として知られるオーストリア=ハンガリー帝国出身のユダヤ系ジャーナリスト]主導のもと、スイスのバーゼルで開催されました。この会議では、この運動の主要な計画と目標が策定されました。その後、ジョルジュ・ランベール[※訳註]という人物により暴露されたといわれるその文書の一部が、『シオン賢者の議定書』というタイトルで出版されました。この文書には、この運動の文化・政治・経済・メディアの各分野における目標が記されており、その後もこの計画の進捗を確認するために年次会議が開催されていました。

※訳註:ここでジャディードボナーブ師が語っている内容は、『シオン賢者の議定書』に関わる欧米の一般的認識とは異なっている点に注意が必要である。ここでは、ジョルジュ・ランベールなる人物が暴露したとされる文書が『シオン賢者の議定書』というタイトルで出版されたとしているが、欧米の一般的認識においては、この文書は1903年にロシアで公開されたものであり、「ユダヤ人の世界支配計画」をでっち上げた史上最悪の偽書とされ、後にナチスによるホロコーストの正当化に悪用されたが、現代では完全な捏造文書であることが証明されている、としている。一方、イラン国内では、ジョルジュ・ランベール(または、ジョルジュ・ランブランとも記される)は、『ユダヤ秘密組織の内幕(シオン賢者の議定書)』の編纂者または著者として言及され、実際、この書籍のペルシア語訳でもこうした名前が記載されている(e.g. ジョルジュ・ランブラン著、シャフラー・アルマイー訳『シオン賢者の議定書』アルマイー出版、1388[2009/10]年等)が、欧米の認識においては『シオン賢者の議定書』の著者としてのジョルジュ・ランベール、またはジョルジュ・ランブランなる人物は存在しないとされる。なお、類似した名の人物にフランスの反ユダヤ主義ジャーナリスト兼著述家のロジェ・ランブランRoger Lambelinがおり、この人物はロシア語から『シオン賢者の議定書』を翻訳し、自ら序文を付して1921年にベルナール・グラッセ社Éditions Bernard Grassetから”Protocols” des Sages de Sionというタイトルで出版している。

◆ユダヤ人は歴史を通して常に独立した国家を持っていたのでしょうか?

―この分析に基づけば、スライマーン[※ソロモン]様(彼に平安あれ)統治の時代を除き、ユダヤ人は歴史的に包括的で独立した国家を有していませんでした。しかしながら、その時代[※スライマーンの統治時代]でさえ、クルアーンは彼らの不従順と反抗を語っています。この見地から見ると、シオニズム運動の動機の一つは、彼ら自身の独自の歴史解釈に基づく独立した国家の樹立であるといえるでしょう。

◆シオニズムのユダヤ人アイデンティティに対する見方はどのようなものですか?

―ユダヤ教の伝統的な考え方では、ユダヤ人アイデンティティは血統によって定義されます。それ故に、人種的視点が彼らの運動の一部に色濃く反映しています。この視点はシオニスト政権の内部においてさえ、異なるユダヤ人集団間の差別の原因となっており、時には内部における差異と緊張を引き起こしてきました。

◆「ナイルからユーフラテスまで」という考えは、シオニズムの思想においてどのような位置付けにあるのでしょうか?

―タルムードを含む、シオニストたちが依拠してきた複数の文献のいくつかの解釈によると、一部のシオニストたちは「ナイルからユーフラテスまで」という構想を、自らの拡張主義的なビジョンとして提起しています。この見解によれば、パレスチナにおける国家の樹立は最終目的地ではなく、より広範な計画の始まりと捉えられています。無論、こうした見解の諸側面や、受容の程度、根拠については様々な見方があり、この問題については、客観的な資料に基づく独立した調査を行う必要があります。

―(了)―

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( 翻訳者:OK )
( 記事ID:62766 )