コラム:「世界的抑圧体制」とアーザード大学(ズィーバーキャラーム)

2007年12月04日付 E'temad-e Melli 紙
サーデグ・ズィーバーキャラーム

 約30ヶ月前に第九期アフマディーネジャード政権が発足してから今日まで、同政権にとっての最優先課題の一つとして、アーザード大学をめぐる問題が取り沙汰されてきた。
〔※訳注:アーザード大学とはイラン全国に分校をもつ巨大私立大学のことで、難関の国立大学に入れなかった比較的裕福な家庭の子女が大学に通うための受け皿となっており、イランにおける大学教育の大衆化を象徴している〕

 第九期政権が誕生したまさにその当初から、アフマディーネジャード氏やその他の政府高官らにより、同大学のこれまでの運営と実績に対して一連の激しい攻撃が行われてきた。大統領はまもなく、大学の責任者たちをその他の政府高官と同じように解任し、新しい人材を代わりに据え付けようとしているのではないか。多くの人々がこう想像してしまうほど、その攻撃は激しいものであった。

 この30ヶ月間、「アーザード大学の改革」とその〔運営のあり方に対する〕検証という問題は、依然として政府の課題として残されたままとなっており、折に触れて再燃してきた。「アーザード大学調査問題」が再び提起された一番最近の例として、数日前に閣議後に行われたアフマディーネジャード氏の記者会見がある。この会見の中で、「ホセイン・ムーサヴィヤーン」問題と「アーザード大学」問題の二つの問題について質問をしたある記者に対して、アフマディーネジャード大統領は回答の中で「(アーザード大学の問題を含む)これらの問題は、世界的抑圧体制に対する政府の対決にも通ずる」ものだと論じている。

 またこの会見で、アーザード大学に関連するその他の質問、つまり「アーザード大学をめぐる大統領の検証作業が中断されたことに、学生達は落胆・失望している」との発言に対して、同大統領は「アーザード大学をめぐる問題は文化革命最高評議会で議論の対象となっている」と応じ、さらに「アーザード大学をめぐる調査は決して終わってはおらず、この問題は今後も調査される」と続けている。

 もちろん、この二年余りの間に第九期政権からアーザード大学に対して多くの攻撃・批判があったが、アーザード大学が世界的抑圧体制と同列に扱われるようになったのは、これが初めてのことであった。確かに大統領のおっしゃるとおり、アーザード大学は世界的抑圧体制の目的や願望に適うような活動を行っているのだろう。しかし国民はそれについて、具体的には何も知らされていないのである。

 アーザード大学は世界的抑圧体制と同じ塹壕を囲む仲間である、ということにしておこう。そうであるとして、では第九期政権の関係者が政権発足からこれまでの30ヶ月間のうちに一度でもいいから、アーザード大学で起きている、あるいは同大学の責任者らが犯したとされる過ちや腐敗、逸脱とは具体的にどのことをいっているのか、国民に対して明らかにしてくれたら、というのが筆者の切なる願いである。

 「人々がいても立ってもいられないほど、原理主義政権に改革を望んでいる」とされるアーザード大学の問題・過ち・行き過ぎた行為とは、具体的にはどのことを指しているのだろうか。同大学に広まり、かつて大統領がそれとの闘いを約束しながらも、「現在大統領がそれに関する検証作業を中止したことで、人々や同大学の学生らが(大統領に)落胆した」とされる、恐ろしいまでに不適切で違背的な問題とは、具体的に何のことを指しているのだろうか。大学内での調査が必要であるとされた(しかしいまだなされてはいない)問題、アフマディーネジャード氏が言うところの「われわれが見るところ、まだ終わっていない」問題とは、具体的に何のことなのだろうか。大統領の発言によれば、文化革命最高評議会はアーザード大学について調査を行うとのことだが、具体的にはどの問題のことを指しているのだろうか。

 アーザード大学に対する攻撃の最初の火ぶたが切って落とされた、第九期政権が発足して数週間の頃、筆者はあるコラムの中で、もし問題とされているのがアーザード大学の授業料のことであるならば、同大学は高額の授業料を受け取ってはおらず、むしろその授業料は時に国立大学の三分の一、もしくはそれ以下であるということを、具体的な数字とともに示したことがある。それゆえ、もしアーザード大学の授業料を低くするというのであれば――それは確かにそうすべきなのだが――、なぜ第九期政権は自らが運営する国立大学の授業料を低くすることから始めようとしないのだろうか?人の世話を焼く前に、まずは自分ことを考えよ、ということである。もしアーザード大学が学生たちから法外な授業料を受け取っていると第九期政権の責任者たちが考えているのであれば、それを証明することは決して難しいことではない。

〔中略〕

 ところで〔アフマディーネジャード政権は〕ここ数ヶ月間、一部の人々を使って街の各所でカラーや白黒で印刷されたパヤーメ・ヌール大学のパンフレットを人々に押し付けるなど、同大学の支援に余念がないが、このような支援活動は何が目的なのだろうか〔※パヤーメ・ヌール大学は通信制の大学で、日本で言えば放送大学にあたる〕。科学技術省は全国津々浦々に大学、さらには夜間学校等々といった非営利的な教育機関をキノコのように増殖させているが、そこにはアーザード大学の破壊以外にどのような狙いがあるというのだろうか?

 しかし問題は、「過ぎたるは及ばざるがごとし」のことばの通り、教授会を構成するべき経験・学識豊かなスタッフを欠いたまま、パヤーメ・ヌール大学に加えてこの種の教育機関を増殖させることは、教育レベルの低下をもたらすということにある。アーザード大学とこれらの教育機関との比較は、ちょうどシャリーフ工科大学と僻地にある地方のアーザード大学の工学系の分校との比較にも似ている。
〔※訳注:シャリーフ工科大学は、イランで随一のレベルを誇る工学系の大学。これに対して、アーザード大学は質の低い大衆化された大学教育を象徴している〕

 公正な愛国者であるならば、国家の社会的・政治的・文化的・経済的発展にアーザード大学が過去20年間果たしてきた基本的役割を否定することなど、誰ができよう。誰もアーザード大学を「天使」であるとは言っていない。しかし、もし教育や専門家の養成が国家の発展にとって必須の条件の一つであるとするならば、革命後の国家の発展過程においてアーザード大学が果たしてきた役割を否定することなど、誰にできるというのだろうか。もしそうであるならば、なぜアーザード大学の解体がこれほどまでに主張されているのだろうか?


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翻訳者:前川元
記事ID:12751