Yorgo Kırbakiコラム:トルココーヒー、ギリシャコーヒー

2015年02月14日付 Hurriyet 紙
初めに述べたい。「1杯のコーヒーにも40年の思い出」という言葉もいいが、私は熱狂的なコーヒーフラッペ派である。カップに注がれたクリーミーで熱々のコーヒーよりも、大きなグラスに注がれた泡たっぷりの牛乳入りアイスコーヒーの思い出のほうが私には多い。

そろそろ本題に入ろう。先日新聞のある広告が目を引いた。ギリシャの大手老舗コーヒーメーカーであるルミディスが出したその広告には、「10月1日をギリシャコーヒーの日と宣言します」と書かれていた。それに続いてアテネのかつては都市ガス施設があった場所で「ガーズィ」と名付けられた地区で行われるイベントで、来場者に無料で「ギリシャコーヒー」を提供するとも書かれていた。

エーゲ海を挟んで原料や製法を同じくするコーヒーがトルコのものか、それともギリシャのものかとう議論は、バクラヴァやスィミット、ジャジュック、はたまた影絵芝居であるカラギョズの「帰属」に関する議論よりもずいぶん前から始まっていた。

私がギリシャを初めて訪れたとき(1977年)、カフェでウェイターに「トルココーヒー」を注文すると、一部のウェイターは「トルコではない、ギリシャコーヒーだ」と言ってきたことを覚えている。

数年後に記者としての道を歩み始めたときには、当時は珍しかったトルコとギリシャの政治家らの会談で食事の後に飲まれたコーヒーの「母国」を巡る話題は、場の空気を和らげるためのエスプリとして用いられたものだ。

トルココーヒー
ギリシャコーヒー
トルコ・ギリシャコーヒー
ギリシャ・トルココーヒー

素材や製法、そして飲み方も同じこのコーヒーに「母国」があるなら、私にとってこのコーヒーは100%とるこのものだ。社会文化に関する研究を行うギリシャ人作家ディミトリス・フィッサス氏の考えも、それほど変わらない。

「パパディアマンディスやヴィズィイノス、ロイディスといった著名なギリシャ人作家の作品で、トルココーヒーについて記述がある。ヴィズィイノスはカフェで、『あんな西欧風の色水(=ヨーロッパ風のコー ヒー)なんか飲みたくない。私に美味しいトルココーヒーを1杯淹れてくれ』とよく言っていた。1974年までギリシャでもトルココーヒーと呼ばれていた。キプロス問題が起きた後に、メディアが『われわれはギリシャコーヒーと呼ぼう』という広告を出し始めた。そもそもこのコーヒーをギリシャコーヒーと呼ぶのは世界でわれわれぐらいだ。」

「この主張」をさらに強化するであろうものはというと、この辺りの店で「ギリシャコーヒー」を作る唯一のコーヒーメーカーを見たのだが、それもトルコ製であった。こうした背景のもと、おそらくもう聞き慣れた「ギリシャコーヒー」と呼ばれることに私はもう全く不快感を覚えない。結論として愛好家のために言えることは、イスタンブルでは「オルタ・シェケルリ」、アテネでは「メトリオ」と言えば同じコーヒーが目の前に出てくるだろう。
*訳注:いずれも、「中くらいの甘さで」の意のトルコ語・ギリシャ語。

しかし同時に、ギリシャでは総じて「コーヒー文化」がトルコよりも広まっていることを述べなければならない。経済危機にもかかわらず、2013年は一人あたり448ユーロも「コーヒー代」として消費している。そしてその内訳は100杯中47杯が「ギリシャコーヒー」なのだ。


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翻訳者:指宿美穂
記事ID:36912