サイードは刑務所でも悪事をやめることはなかった。何度も他の囚人たちといざこざを起こし、一度は独房送りになった。ついに裁判の日が来て、彼は手錠と足枷をかけられた状態で刑事裁判所へと移送された。殺人の被害者の母親が裁判所で涙を流していた。殺人犯はそこで初めて、結婚を2週間後に控えた若い男性を殺してしまったということを知ったのであった。
ある日、刑務所のスピーカーからの呼び出しを聞いて、事務室へと向かった。そしてそこで、裁判所の判決が彼に言い渡された。判決文の最後のページで「キサース刑」という言葉に直面したとき、彼はその場に立ちすくんだ。
私に下されるのがキサース刑であることはわかっていました。でも、その瞬間まで、そのことを信じることができませんでした。その日は、私の人生の中で最も長い一日でした。私は落ち着きを失っていました。私と一緒に収監されている囚人たちは、なぜ私がふさぎ込んでいるのかを知っていました。だから、彼らは何も話しかけてはきませんでした。私はあの日から、死を感じていました。私にとってもうこの世はなくなってしまったのだから、あの世の準備をしようと心に決めました。あの夜、私は悔い改め、祈りをし始めました。毎日にようにコーランを暗記しました。私がコーランを2ジュズウ〔※コーランを30等分したときの単位〕暗記したころ、キサース刑が国の最高裁で支持されました。私はもはや、死を恐れてなどいませんでした。私は死と追いかけっこをしている気分を味わっていました。私は死ぬまでに、コーランを全て暗記したいと思っていたのです。
そしてついに、判決の執行日となったが、サイードは自らの願い〔※コーランを全部暗記すること〕をかなえることはできなかった。
夜明け、彼は絞首台へと連れて行かれた。殺人の被害者の母親は息子の写真の入った額を手に持っていた。サイードの首にロープがかけられた時、殺人の被害者の母親が尋ねた。
「あなたがコーランの暗記者になったというのは本当なの?コーランを10ジョズウを暗記したっていうのは?」
サイードははにかんでうつむきながら、「はい」と言った。
中年の女性はサイードに、息子の魂を安らかにするために、コーランを一章唱えるよう求めた。サイードはコーランの詠唱を始めた。殺人の被害者の母親は突然、叫んだ。
「私は彼を赦します。神の言葉を暗記した者に対して、キサースをもとめるなんてことがどうしてできましょう!」
私は刑務所から釈放された後も、コーランの暗記を続けました。私はコーランの暗記者となり、この徳を殺された者の魂に捧げるつもりです。コーランは私の命を救ってくれました。そしてわたしを迷いの道から助け出してくれたのです。