【イラン紙11面:ザフラー・ケシュヴァリー】アケメネス朝時代のレリーフが描かれた、巨大な看板の上部には、次のような文言が書かれている。「チャードル、それは私たちの国民的な衣服です。チャードルはイスラーム的なヘジャーブである以上に、イラン的ヘジャーブなのです」。
※訳注:ヘジャーブはイスラーム的に妥当とされる、髪の毛や体のラインを隠す女性用の衣服のこと。チャードルは、その中でも全身をすっぽり覆うタイプの、黒色の衣服。ヘジャーブとチャードルの違いについては、この絵を参照。
この看板は、ダマーヴァンド市役所がヘジャーブの宣伝のために行っている活動の一環として、市内の公園に掲げているものである。この看板は、一つの大きな疑問を、考古学界に対して投げかけている。すなわち、ペルセポリスのレリーフには「女性」の姿は描かれているのか、そしてこの看板に見られる3つの絵は、果たして2500年前の女性のものなのか、それとも男性なのかという疑問だ。
考古学者のアリー・アサディー氏はイラン紙のインタビューの中で、アケメネス朝時代の遺跡としては最も傑出し、最も知られているペルセポリス、ナグシェロスタム、そしてパサルガダエのレリーフには、女性を描いたものは存在しないと指摘する。
もちろん、ユネスコ世界遺産にも登録されているこれらの遺跡のレリーフに女性の姿を描いたものが存在しない理由についても、考古学者や歴史作家、歴史学者たちの間では何年にもわたって議論・討論の的となっている。しかし、アケメネス朝時代のイラン人男性を描いたレリーフをチャードルの普及に使うことに対して、インターネットやソーシャルネットワークを利用する抜け目ないユーザーらからも、批判的な意見が出ているのである!
もちろん、古代イラン人が全身を覆うようなタイプの衣服を用いていたことは疑いない。しかし、そのことを示す痕跡をイランの歴史的なレリーフの中に見いだすようなことは、〔学界で〕さほど認められてはいないのである。
つづく