Sedat Erginコラム:シリア2012年の均衡、激変
2019年10月15日付 Hurriyet 紙
昨夜(14日)、このコラムを書き始めようとパソコンに向かって座ったら、トルコとシリアの国境沿いのユーフラテス川の東も西の地域(の状況)も継続的に進展しており、ある地点での勢力均衡が鮮明となったが、いくつかの地点においては物事がどの方向に向かうのか不明瞭であると思われる、多数のアクターが武器を手にして、その地域に存在しているという極めて緊張する、論争すべき構図があった。
おそらく、このコラムが印刷されその後、今朝読者に届くと、地域の状況はこの原稿を構想した瞬間と比較すると、多くの変更点が明らかになっているであろう。
しかし、このコラムは、執筆の24時間前からこの地域の勢力図に大きな変化があったことをまず考えなければならない。シリア軍は、アサド政権が2012年に戦略上の決定でユーフラテス川の東部地域から撤退してからちょうど7年後に再びこの地域―いくつかの地点-に国旗を掲げたのだ。(シリア)政府が当該地域に戻ってきたのだ。
この変化は、後方支援の拡張のため引き金を引いた攻撃であり、トルコが先週の水曜日に始めた越境軍事作戦によるものだ。トルコの攻撃の結果、国境に隣接する二つの重要な居住地区のレシュランとテル・アブヤドが、主にトルコ国軍とその支持を得たシリア国民軍の(自由シリア軍⦅ÖSO⦆の継続組織)の支配下となった。
この文脈において、アレッポとイラクを結ぶトルコ国境から約30キロ平行に走るM-4幹線道路に至るまでの広大な地域が今やトルコの管理下である。言い換えれば、トルコはユーフラテス川の東部の最も戦略的ルートの特定の断面の支配を確立したのである。
これとは対照的に、トルコがM-4幹線道路で獲得した地域の東部国境の少し先にあるテル・タミル居住地(レスランを南へ下る)は昨日からシリア政権軍の支配下と入った。また、M-4 幹線道路については、トルコの支配地域の西に位置するアイン・イサ地区(テル・アブヤドを南へ下る)は昨日、シリア政府軍が持ってきたシリアアラブ共和国の国旗が掲げられた。
そして、地域の状況を見てみると、トルコが築いた防護壁によりシリア政府軍はM-4幹線道路については、アイン・イサから東の方面においてはテル・タミルまで直接接続する可能性がなくなった。
昨夜からユーフラテス川のすぐ西に位置するムンビジュで起きたことは、さらなる緊張状況下であることを描き出した。レジェプ・タイイプ・エルドアン大統領は昨日の正午、バクーへの移動前に、「我々はムンビジュで現在、我々の決定を実施するような段階にある」との発言の後、ユーフラテス川の西地区「ユーフラテスの盾作戦」地域に存在している、最近まで米軍と人民防衛隊(YPG)の軍事同盟の管理下にあったムンビジュに注目を集めさせた。
現地からの報道では、アサド政府軍はロシア軍の要員も合同でムンビジュの西の田園地帯へ入って東へ向かい、ムンビジュ市中心へ直接向かおうとしていることが強調された。シリア政府は西から突撃し中心部へ接近しようとする一方、北部で陣地を築いているトルコが支援する自由シリア軍(ÖSO)の要員がムンビジュの中心部へ北南軸のルートから到達しようとする構えをとった。この構図をさらに印象付けるのは、M-4幹線道路をムンビジュの東の境界線からユーフラテス川に対する河岸にかかる橋を米軍兵士が管理していることだ。
現在、コンパスの先をユーフラテス川にかかる橋に置いて線を引くと、半径60キロメートルの範囲内にトルコ軍、自由シリア軍、米軍、PKK(クルディスタン労働者党・非合法組織)のシリアの拡張組織であるYPG、シリア軍、ロシア兵をはじめとする多数の武装したアクターが同地域に存在し、非常に複雑で危険な軍事的状況を生み出している。この構図の中に、ムンビジュ、コバニ、テル・アビヤド、アイン・イサのような一連の戦略的要衝が位置しているのだ。
この複雑な構図に横たわる主な傾向は以下のように要約することができる。A)トルコはユーフラテス川東部において国境を越えた地域での覇権を広げたこと。B)米国は国境線から南へ下って同地域から撤退したこと。C)ロシアの調停を通じてアサド政権とYPGの間で、結ばれた驚くべき合意の枠組みの中で、米国の撤退した地域のある地区へシリア政府軍がYPGと協力して入るということが起きた…。
米国の撤退決定を受け、YPGが即座に決定を下しアサド政権と向き合ったことで、ユーフラテス川の東部に新しい状況が生まれた。私が認めるように、この進展は長い間、ロシアがこの問題を引き出そうとしていた。もちろん、これらの事件がこのような形で進んだことは、ロシアにユーフラテス川東部の米国が撤退した地域で重要な役割を演じさせることとなった。しかし、トルコもすでにこの地域で自身のための場所を開いている。
結局のところトルコとロシアの間の対話がこれまで以上に重要となり、より敏感で困難な入口へと移る。すなわち、トルコとロシアは一方でアスタナプロセスの中でこの複雑な構図に共通点を見出そうとしている。しかし、そうする一方、ひとつ(モスクワ)はYPGとの連携する方向のアサド政権を支持し、他方(トルコ)の国境で計画されている「安全地帯」を創設しようとする試みについても対話する可能性がある。
この時点でロシアの戦闘機が一定の間隔の後、再びイドリブの舞台へ登場し、つまりイドリブ問題もこの均衡に含めることができるであろう。
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翻訳者:岸田圭司
記事ID:47831