今日世界中で文学を発信するアフリカの作家たち(1)

2021年06月26日付 Hamshahri 紙

【ハムシャフリー紙】ファルシャード・シールザーディー記者
メフディー・ガブラーイー氏は翻訳家の草分け的存在の1人であり、若い世代の読者が同氏の模範的な翻訳によって魅了されているとおり品格のある翻訳家の1人でもある。彼によってペルシア語話者に紹介されてきたアメリカやヨーロッパの作家、はたまたアジアやアフリカの作家に至るまで、それぞれが自身のジャンルにおいて個性を発揮している。彼らには老若男女問わず誰しもが彼らの作品を読み、気に入る特徴がある。このような小説を選ぶことは間違いなく難しいことではあるものの、翻訳家が卓越した訳出によって上出来な翻訳を生み出し、それを示すことの方が遥かに難しい。ガブラーイー氏にとって、「時」というものは非常に価値を持つ。この翻訳界の巨匠は長きにわたって明確なプランを持ち、自身の時間を世界の文学に割いている。また同氏が翻訳を世に送り出すことは、読者にとって、またイラン文学全体にとって有意義なことである。

 我々は、アフリカ文学について多くの本を出版している同氏に、まずアフリカ文学についてインタビューし、最後に第二言語を用いて翻訳することについて話を伺った。ガブラーイー氏自身がこのインタビュー内で言及した作品に加えて、同氏が翻訳したアニター・デサイ【訳注:1937- インド北部出身、現在米国在住。邦訳では『ぼくの村が消える!』(岡本浜江訳、国土社、1984)『デリーの詩人』現代インド文学選集 <6>、(高橋明訳、めこん、1999)などがある】作の『Fasting, Feasting』とハワード・ファスト【訳注:1914-2003 NY出身。E・V・カニンガム、ウォルター・エリクソンとしても活動。代表作『スパルタクス』(村木淳訳、三一書房/三一新書1951)は1960年スタンリー・キューブリック監督により映画化され、その年のアカデミー賞を受賞。日本では『スパルタカス』として同年放映。】作の『スパルタカス』の2編は、最近ハゼ出版により重版され、毎度のごとく読者から大好評である。


——「最近ガブラーイーさんが翻訳された2作品は、どちらもアフリカ人作家の作品でした。なぜガブラーイーさんは連続してアフリカ文学を翻訳されたのでしょうか?」

ガブラーイー氏:ポルトガル系アンゴラ人作家であるジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ【訳注:1960年、アンゴラのノヴァ・リスボア(現ウアンボ)でポルトガル・ブラジル系の両親のもとに生まれる。】が書いた2編の小説の翻訳は、どちらも私が出版しました。もし必要であれば、非常に有名で、不思議なリアリズム的性格を持つこの2編の小説について、より詳しくお話ししても構いませんよ。最近のこの2作品は、ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ氏の作品を私が翻訳して出版した2編目と3編目の小説です。1編は、『忘却についての一般論』【訳注:邦訳あり。木下眞穂訳、白水社、2020】という題名で、この題名を選ぶに際し、言うまでもなく私の嗜好を反映いたしました。もう一編は、ニールーファル出版が出している『不本意な夢見人たち(The Society of Reluctant Dreamers)』という題名の小説です。この2編の小説はアフリカ文学の傑作に数えられます。この2作品以前に、私は同作家の『カメレオンの書』という題名の小説を翻訳し、チェシュメ出版から出していました。ニールーファル出版やオフォグ出版、他の出版社で私が翻訳した作品は他にもあり、その中にはすでに書籍化した作品もあれば、掲載中の作品もあります。

——「もちろんアフリカ大陸には有名な作家がいらっしゃいます。とりわけ南アフリカは、かつてノーベル文学賞を受賞された作家が2名おられ、世界的にも有名ですよね。なぜアフリカ出身の作家は最近イランで、これほどまでに重要性を増してきたのでしょうか?」

ガブラーイー氏:まさに指摘された通り、南アフリカの2名の作家はノーベル文学賞を受賞しました。1人目がナディン・ゴーディマー氏【訳注:1923-2014 父はリトアニアからのユダヤ系移民、イギリス系ユダヤ人。1991年にアフリカ大陸出身者としては3人目、アフリカ人女性として初めてノーベル文学賞を受賞。邦訳『ジャンプ 他十一篇』(木下眞穂訳、岩波文庫、2014)他多数。】で、2人目がジョン・マクスウェル・クッツェー氏【訳注:1940- 両親はアフリカーナーの系譜。2003年ノーベル文学賞の受賞者。オーストラリア在住。2006年9月末、国際サミュエル・ベケット・シンポジウムに特別ゲストとして招かれて初来日。ブッカー賞を受賞した『マイケル・K』(くぼたのぞみ訳、筑摩書房 1989、ちくま文庫2006、岩波文庫 2015)、『恥辱』(鴻巣友季子訳 早川書房 2000、ハヤカワepi文庫 2006)をはじめ邦訳多数】です。南アフリカは白人国家で、ヨーロッパの白人文学の影響をどの国よりも、昔から色濃く受けていました。このテーマの根本的な理由はここにあります。もし私たちが他に何かしら理由を見つけたいと思うのであれば、文学者はそれを深掘りしなければなりませんね。しかし、様々な国による植民地政策の影響を受けた国々は他にもあります。それこそアンゴラとモザンビークもまた然りです。私はポルトガルの影響を受けている両国の作家を選び、彼らの作品をペルシア語に翻訳してきました。結果として文学の分野において、一方ではポルトガルの文学を、他方では自国の文学を拠り所としているのです。また、イギリスの植民地だった国々はイギリス文学から非常に恩恵を受けており、イギリス文学を通じてヨーロッパ文学に親しむようになったのです。


この記事の原文はこちら

同じジャンルの記事を見る


翻訳者:IO
記事ID:51492