イラク:ハーミド・サイードの記憶の風景
2026年06月26日付 al-Quds al-Arabi 紙
■ハーミド・サイード…視覚的記憶としての幼年時代
【ジャマール・アッタービー】
イラク造形芸術家協会が2026年6月13日に開催した年次絵画展は、同協会が行う多様な活動や催しのなかでも、先進的な芸術の動向を示すものとなった。展覧会には、イラク各地の都市の画家による120点の作品が出品され、その様式や技法、視点や水準は多岐にわたっていた。
優れた作品のなかでも、ハーミド・サイードの作品は、幼年時代、自然、郷愁が交錯する心理的空間として際立っている。その造形的構成は、目に見える情景よりも夢に近い。この作品には、近年の彼の創作を特徴づけてきた本質的な要素の一つが表れている。それは、事物の写実的な再現を超え、それらが記憶に残した感情や情緒の痕跡を取り戻す視覚世界を構築しようとする姿勢である。サイードの経歴からは、学術的実践、造形芸術、舞台美術、写真にまたがる、成熟した継続的な芸術活動がうかがえる。芸術家としての確かな存在感を伴うこの歩みは、彼の作品を批評的に読み解くうえで、重要な知的基盤となる。
鑑賞者の目を引くのは、画面の中心を占める人間の存在である。一人の少女が画面の中央にいるが、その顔立ちが明確に描かれているわけでも、誰であるかが特定されているわけでもない。むしろ、色彩の濃密さと画面の余白のあいだに浮かぶ、つかの間の存在である。顔はほぼ円形で、目はほとんど描かれていない。一方、口元では小さな赤い点が輝き、顔のなかで最も存在感のあるしるしとなっている。ここで画家は、意図的に人物を個別性から解き放ち、幼年時代の普遍的な象徴へと変えている。それによって、アイデンティティは顔立ちではなく、画中の人間の存在が放つ感覚に宿ることを示している。
この絵は、庭や果樹園にいる少女の姿を単に描写したものではない。白を構成上の能動的な要素として生かし、視覚的な表現を省略して最小限に抑えることが、作品に解釈の広がりと象徴的な存在感を与えている。広い白の余白は、それぞれの形に呼吸する余地を与え、構図を、幼いころのスケッチ帳のページや、まだ形を成しつつある絵に近づけている。この特徴は、水彩という素材の性質と、それがもたらす透明感や自然な表現に対する画家の意識に結びついている。そこでは線が、素早く書き留めた覚え書きや、まだ形を成しきっていない視覚的記憶のように見えることがある。
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翻訳者:宮平清香
記事ID:60544