ヘイベリ島ギリシャ正教神学校、いつ再開?どう再開?

2025年09月26日付 Medyescope 紙

ホワイトハウスで行われた公正発展党党首でもあるレジェプ・タイイプ・エルドアン大統領と、ドナルド・トランプ米大統領との会見で、ヘイベリ島神学校が大きな影響をもたらした。

エルドアン大統領が「ヘイベリ島の神学校に関して、何が降りかかってきても行う準備ができている」と述べたのに対し、トランプ大統領は「彼らには助けが必要だった。私もこれを議題にあげるつもりだった」と述べた。

トルコーアメリカ関係の研究者によると、トランプーエルドアン会見において神学校が話題に上った理由は、CAATSA(アメリカの対敵制裁措置法)による制裁の解除と、F-35戦闘機問題の障害にならないようギリシャのロビー活動を止めさせることだ。

エルドアンートランプ会見の10日ほど前に、コンスタンティノープル総主教のバルソロメオス1世が、ドナルド・トランプ大統領を訪問している。

コンスタンティノープル総主教庁とアメリカの東方正教会はこの声明を歓迎した。ヘイベリ島ギリシャ正教神学校が再開される可能性は、今朝のギリシャ最有力紙でも見出しを飾った。

■ヘイベリ島ギリシャ正教神学校はいつ開校したのか
ヘイベリ島のギリシャ正教神学校は、1844年コンスタンティノープル総主教庁によって設置された。その当時の校名は東方正教高等神学校で、聖職者の養成が目的であった。
チャナッカレ県ギョクチェ島で生まれたバルソロメオス総主教もこの学校を卒業している。
オスマン帝国時代から、数多くの東方正教の聖職者がここで教育を受けた。学校は、1894年のイスタンブル地震で被災したが、短期間で修復された。
オスマン帝国の崩壊とトルコ共和国の建国にあっても活動を続けた学校は、イスタンブルにおけるギリシャ正教の最も重要な教育機関の1つとなった。
(中略)

■学校の再開はどのようにして話題に上ったか。
アメリカ歴代大統領は何年もの間、学校再開の呼びかけを繰り返している。50周年において出された声明では「宗教の自由」が強調された。

EUの諸機関や欧州議会の報告書でも、トルコーEU関係においてこの問題が取り上げられ続けている。2024-2025年間に「再開の報告での取り組み」に関するニュースがトルコとギリシャのメディアで頻繁に取り上げられた。

学校再開の可能性を伝えるニュースは、2024年に初めて俎上に乗った。
ユスフ・テキン国民教育相は、2024年5月29日に学校を訪問し「ヘイベリ島ギリシャ正教神学校が開校されることを望みます。大統領は、この問題について判断を下した際にどのような過程がありうるか調査をするよう我々に求めました。」と話した。

元国民教育大臣のヒュセイン・チェリク氏(AKP所属)も神学校が再開される向きの声明を支持し「学校の閉鎖は全くもって誤っていた一方で、法のスキャンダルであった。これほど長く閉鎖されていることは法治国家において決して受け入れられない状況である。」と語った。

昨年、バルソロメオス総主教はギリシャメディアで声明を出し、ヘイベリ島ギリシャ正教神学校が活動を再開する話題には望みを持っていると述べた。
バルソロメオス総主教は、これに関する指示はエルドアン大統領が出しているとし、「私たちの学校の活動再開は目前であると確信している。」と話した。

■どのような形で開校されるか?
学校に関するもう一つの疑問点は、どのような形で開校されるのか、である。
これにはいくつかの筋書きがある。
1.国立大学付属の研究所/高等教育機関モデル:1971年の決定に基づき、「質の高い」宗教教育を提供する団体が、公立大学傘下の機関、学部として構想され得る。この場合、国家による監督、高等教育機構(YÖK)や国民教育省(MEB)による監督がより直接的になる。

2.財団大学というモデル:総主教庁が神学教育を行う団体として財団大学あるいは私立の団体として開学することが提案される。ただし、このモデルでは「自治―管理バランス」や「外国人学生 /外国人教員」の受入れといった決まり事を明確にしておく必要がある。

3.マイノリティーの「私立教育機関」 / 高等学校以上の専門学校という方式:神学校が「高等学校を基盤とした4年制の専門学校」として国民教育省の監督下でマイノリティーの学校として運営すべきという主張もある。この場合、外国人の学生/教員の受け入れ単位互換について限定的 / 許可制の枠組みが提案されている。

4.特別法の適用:トルコ大国民議会(TBMM)が特別法により学校の地位を明確に定義し、監督-自治のバランスや、外国人学生・教員の管理体制を調整することも一つの選択肢である。政治的合意が必要であるが、最も明確で持続的な方法がこれであるという見方が広がっている。

政治的議論の場でしばしば「西トラキアのトルコ人/ムスリム少数派の宗教教育・任命問題」が議題に上げられ、相互主義の原則が主張される。

2000年代の終わりごろ、当時のレジェプ・タイイプ・エルドアン首相は「アテネにモスクを」、「西トラキアにイマーム・ハティプ高校を」という提案をしていた。その当時バルソロメオス総主教はハベルテュルク(Habertürk)紙に対し、「首相は「しかしアテネにはモスクがない」と言っています。アテネに1、2個多くモスクがあることを私も願うし、それは当然のことだと思います。しかしながら、私にはその責任はありません。」と語っている。
(中略)

■ヘイベリ島ギリシャ正教神学校が再開するならば、いつか?
情報筋によると、2026年は神学校再開の可能性のある日程として挙げられている。


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翻訳者:丸山 礼
記事ID:60844