ギリシャ語?ブルガリア語?エディルネの正教会儀式で混乱
2026年05月10日付 Cumhuriyet 紙

トルコのエディルネにあるブルガリア正教の聖ゲオルギウス教会で、聖名祝日に執り行われる予定の典礼が、ブルガリア語でなくギリシャ語で行われるとわかり、その後、中止となった。同教会を訪れたギリシャ正教のアムフィロヒオス管区主教が、典礼をギリシャ語で行うことを主張すると、ブルガリア正教会総主教代理管区正教財団はこれに反対し典礼を中止とした。同財団のディミトリ・ヨテフ会長は「ブルガリア語で典礼が行われるまで、当教会での典礼は中止する」と述べた。
エディルネにあるブルガリア正教の聖ゲオルギウス教会では、聖名祝日の典礼のためブルガリア正教徒らが集まった。典礼はブルガリア語で行われる予定だったが、ギリシャ正教のアムフィロヒオス管区主教がイスタンブルから派遣した司祭2名が、典礼をギリシャ語で行うと主張。ギリシャ語典礼にブルガリア側が反対し議論が起きた。ブルガリア正教会総主教代理管区正教財団の理事会によって典礼は中止され、礼拝のみが行われた。
イスタンブル教会から派遣されたカラランピ・ニチェフ司祭が司式する予定だったこの典礼には、ブルガリアのラドスラヴァ・カフェジスカエディルネ総領事、ブルガリア正教会総主教代理管区正教財団ディミトリ・ヨテフ会長、およびブルガリアやイスタンブルから訪れた人々が参列していた。
■「ブルガリア語で典礼が行われるまで、当教会での典礼は中止」
この件に関して上述のヨテフ会長が声明を発出した。内容は次のとおり。
「我らはイスタンブルに暮らすブルガリア人コミュニティの代表として、今日、伝統の典礼を執り行うためここにやってきた。我らはこの教会の信徒であり所有者だ。にもかかわらず、我らがやってくると、エディルネ管区主教は彼が遣わした司祭らを通じて、ブルガリア語での典礼はできないと主張してきた。また、代わりにギリシャ人司祭が典礼を行うと伝えてきた。我々はそれを受け入れなかった。ここはブルガリア正教会であり、ブルガリア語で典礼が行われるべきと考えているからだ。これをふまえて理事会として明確な決定を下した。本日より、ブルガリア語で典礼が行われるようになるまで、当教会は典礼に開放しない。同時に、ブルガリア語の典礼が許可されるまで、管区主教の当教会への立ち入りを禁じるという決定を下した。もちろん一般的な訪問には開放する。人々がここに来て祈ったり、ろうそくを灯したりすることはできる。それらには何の支障もない。ただし、ブルガリア語で典礼が行われるようになるまで、ここで典礼を行うことは許可されない。2つあるブルガリア正教会を対象とする理事会の姿勢は明確だ。ブルガリア語で典礼が行われるまで、この決定は効力を持ち続ける。」
「チュクルク死後、深刻な圧力を受けた」
ヨテフ会長は、正教会の司祭だったアレクサンドル・チュクルク氏が3年前に死去すると、それをきっかけに圧力が深刻化したと語った。同会長は「近日中に一部の高官と会合をもつ予定。内部の会議を開き、それに基づいて今後の行動計画を策定する。もっと率直な言い方が必要なら、今回の決定は、本来、何年も前に下されるべきものだった。それが今日までなされなかった。アレクサンドル・チュクルク司祭の死後、我らは深い悲しみを経験した。彼は我らにとってかけがえのない存在だった。彼の死から3年、我々は管区主教から深刻な圧力を受け続けてきた。そうした経緯で、本日、理事会が協議し、この決定を下すに至った」と述べた。
■総領事「痛ましい出来事」
ブルガリアのラドスラヴァ・カフェジスカエディルネ総領事は、今回の出来事は偶然ではないと述べた。総領事は、「今日、私たちがここに来た最大の理由は、今まさに我々がいるこのブルガリア正教会、聖ゲオルギウス教会の聖名祝日の典礼のためだった。ご存知の通り、聖ゲオルギウスの聖名祝日は5月6日であり、我らも今日、この機会にここに集った。聖ゲオルギウスの名はバルカン半島にとって非常に重要だ。彼はバルカン諸民族の守護者、先達者、そして誇りの源として受け止められている。今日、誰もが目撃したとおり痛ましい出来事が起きた。これは予期せぬ事態と言えなくもないが、実際には長きにわたって続いてきた問題の延長線上にあると言わざるを得ない部分もある。なぜなら我々は長い間、同じ問題に直面してきたからだ。管区主教からはブルガリア語での典礼に制限が課された。しかしトルコ共和国では、どの教会、どの礼拝所でも、典礼や礼拝はその共同体の言語で行われている。トルコ共和国は異なる民族、異なる宗派あるいは信仰グループの権利を平等に保護する国家だ」と述べた。
カフェジスカ総領事は、問題の平和的解決を呼びかけつつ、「しかし残念ながら、この件では管区主教には我々の気持ちを理解いただけなかったと言わざるを得ない。ご本人はギリシャ系かもしれない。しかし、いま問題なのは、言語、文化、そしてコミュニティが自らの信仰を自らの言語で守り続ける権利だ。これまでの経緯はあったとしても我らは希望を失ってはいない。この問題が、良心と同胞愛の精神に基づいて平和的に解決されることを願う。なぜならバルカン半島に暮らすらあらゆる民族は同胞だからだ。民族や宗派は何の意味もなさない。ウクライナ人だろうとロシア人であろうとブルガリア人だろうと、ギリシャ人だろうと。我らは一切の差別をしない。我らにとって全バルカン民族は同胞だ。とはいえ自らの信仰を守らねばならない。いま我々がいる教会の名の由来となった聖ゲオルギウスの生涯を見てみよう。彼は悪に立ち向かった偉大な指導者だった。我らも彼の道を歩み、信仰を失わず、希望を捨てずに、(平和的解決までの)プロセスが健全な形で結実すると信じている。相互理解と共通の配慮をもってこの問題を乗り越えられると心から信じている」と語った。
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翻訳者:原田星来
記事ID:62080