ベトナムにおけるアメリカの枯葉剤散布作戦
2015年06月22日付 VietnamPlus 紙

 ベトナムへのアメリカ空軍による、草木の跡形もなくす化学物質の散布作戦は、1962年から1971年の間に「ランチハンド(Ranch Hand)」というコードネームで行われた。

1960年11月30日:ジョン・F・ケネディ米大統領は、ベトナムの戦場における枯れ葉剤使用を原則的に通過させた。
1962年10月2日:ホワイトハウスはランチハンド作戦を通じて枯葉剤を限定的に散布し始めることを許可した。
1963年2月:アメリカ政府は、アジアでのアメリカの政策に関してジャーナリストのリャード・ドット氏が一連の記事を書いた時、初めて世論の厳しい反応にあった。
1965年:トンキン湾事件の後、この作戦は拡大し、より恒常化した。
1965年年末:ホーチミン・ルートへの枯れ葉剤散布が進められる。
1966年1月:米大統領の科学顧問は、ジョンソン大統領へ作戦の停止を促す、5000人余りの科学者の署名が入った請願書を受け取る。
1969年末:ベトナムに毒性化学物質を散布する米空軍の特別部隊は、活動を30%縮小する命令を受け取る。
1971年10月31日:枯れ葉剤を散布するアメリカのヘリコプターは、ベトナムでの最後の飛行を行なった。

ランチハンド作戦を実施した特別部隊
  1962年:6機
  1969年:25機
枯葉剤散布のために使用した米軍機
  C-47、T-28、B-26、C-123

 傷痍軍人であるグエン・ヴァン・チュン氏(ハノイ市チュオンミー在住)の5人の子どものうち、トゥー君は最も症状が重く、口がきけず、耳が聞こえず、心神喪失で、今年7歳になるが、まだしゃべることができない。

 枯葉剤はベトナムの人々を苦しめ、悲しませる多くの後遺症を残した。このきわめて危険な毒物は散布された当初から警告されていたが、1971年になってようやく枯葉剤の使用禁止命令が出された。

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( 翻訳者:山田英輝 )
( 記事ID:1624 )