停戦後ミンダッの避難民の多くが帰宅
2021年06月27日付 その他 - ミャンマーナウ 紙
チン州の光景
安全な場所へ避難した人々がミンダッ市に帰還したが、多くは住居の状況を確認するための一時的な帰還だった。
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チン州ミンダッ市で軍評議会の部隊と地元住民による国民防衛部隊の停戦合意が明るみに出たあと、避難民の多くが家に戻ったことが郡避難民管理委員会から分かった。
停戦のため市民、宗教指導者らが参加する組織が1週間近く間に入って協議したあと、2週間の停戦合意が6月23日に明らかになった。合意は7月4日に期限が切れる。
5月中旬から始まった戦闘のため近隣の村々に避難している人は2万人以上いること、家に戻った人は80パーセント以上いることが委員会から分かった。
ミンダッ市の付近一帯にある合計80以上の村に避難している避難民と、チン州およびマグウェ管区の境界に避難している避難民の多くは、ここ数日でミンダッ市に戻って来ていることを上述の委員会の責任者、コー・ローヤンが語った。
「村々に現在残っている避難民は1000人を少し超える程度だ。2万人少しいた避難民のおよそ80パーセント以上は帰還した」とコー・ローヤンがミャンマーナウに語った。
ミンダッ市に軍評議会が部隊を配置する場所を取った際、家屋に侵入されたので、避難民の多くは家の状況を確認するためと、コンニャク芋を植える季節になったためにミンダッ市に一時的に帰ってきた可能性がある、とコー・ローヤンは推測した。
帰還した人々は多いが市内に引き続き住む人はわずかしかいないことをミンダッ郡国民行政組織のメンバーが語った。
4月末に3日間の戦闘が発生し、軍評議会の提案に基づいて協議したが合意が得られず、5月12日の夜から戦闘が再び発生した。
その後5月13日に軍評議会はミンダッ市に戒厳令を発表し人員、武力の総力を挙げて攻撃して5月15日に市を制圧した。
人々の避難先の村まで軍評議会の部隊は標的にして追撃した。白旗を揚げた避難民キャンプを重火器で銃撃し、避難民のための医薬品や食糧を運ぶ経路を遮断した。
委員会から得た情報によると、5月の第3週から6月の第3週までに、避難しながらの医療ケアが十分にできなかったために妊娠中の母親、新生児と高齢者の死者が7人いた。
そうした状況で停戦することになったと間に入り協議に参加したミンダッ市民が語った。
「高齢者たちは困っている。体調を崩した人や障害のある人は困っている。町を破壊し、家に侵入した人は、泥棒か分からず、誰かも分からない。家屋が崩壊して失われたので町は幽霊が出そうな感じで怖くなってきた。そのような状況はよくないと言って様々な宗教、仏教、キリスト教の側から祈りを捧げ、こうして町に再び戻り、再び命を吹き込むという計画によって協議したのだ」と彼は続けて語った。
協議のあと、市内では両サイドが武器所持の検査、銃撃を行わないこと、関係当局の公務員に圧力をかけたり脅迫をしたりしないこと、CDM(市民的不服従、反権力)活動に参加している公務員たちにも厳しく圧力をかけないこと、食糧の輸送のための車両を市への出入りにおいて検査し通行許可を与えることを含む5点に両サイドが合意した。
合意が得られたあと、食糧を輸送する経路であるシュエアウンター通り、ティンチャウン通りを占拠していた軍評議会の部隊は退却したこと、昨日からミンダッ市に食糧を運ぶ車両の一部が到着し始めたことをミンダッ市民が語った。
6月15日にカヤー(カレンニー)州内での戦闘によって町や村が被害を受け、地域住民10万人以上が避難しなければならないために、和平組織と宗教指導者たちが間に入って協議したおかげで現在一時停戦し、帰還した地域住民は白旗を揚げて行き来しなければならない。
ミャンマーナウ 2021/6/24
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( 翻訳者:OR )
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