独裁者の下で私たちが制作できる映画を死なせないために
2026年06月24日付 その他 - イラワジ 紙

6月21日、オーストラリア・シドニーのRyan Brown Theatreにて映画『Ray』特別上映会(Press Show)の際のディーキッネー監督(The Ray Movie)
独裁者の下での芸術創作をせずに国外で生活をしているディーキッネー監督の『Ray』というタイトルの、まもなく3作目となる革命を描いた映画を、来たる6月27日にオーストラリアで初公開することが分かった。
脚本は作家のケッゾー、俳優はミンモーグン、ダウン、女優のターテッテッ、この3人がメインで出演する映画『Ray』は、6月27日にシドニーのPalace Cinemas Moore Parkで3回上映され、その翌日メルボルンで上映が予定されている。
そこで映画『Ray』の制作者であるディーキッネー監督に本紙が連絡し、革命映画を制作することにおいて直面した困難や課題について質問した。
Q: 映画『Ray』を制作することになったきっかけを教えていただけますか。
A: 主に制作すると決めたのは、ターテッテッの生き方を記録するようなドキュメンタリーです。5年間を過ごしてきた記録とはいえ、私は映画人なので映画というような形のものを創作することになったのです。以前に2つの作品を撮ってきていたので、今回が3つ目の映画になりました。
Q: 映画のタイトルをなぜ『Ray』とつけることになったのですか。
A: 映画を撮影するというので、小説について制作チームがみんなと考えました。作家ケッゾー先生の小説でもあります。小説のタイトルも(候補に)挙がりました。脚本を作る際に考えていると『Ray』というタイトルが出てきたのです。登場人物を主に考えました。登場人物に『Ray』と付けようといいながら、登場人物も、物語のタイトルも『Ray』となりました。マヤインレータン(翻訳者注:英語名Unshakable)という小説と映画は同じです。作家の先生とも取り立てて話すことはありませんでした。先生も許可しました。『Ray』という名前は呼びやすくもあります。より良いと考えて判断しました。
Q: 俳優をどのような基準でどのように選びましたか。
A: 物語中に政商が1人登場します。それを考えたところ、この役はダウンで撮ろうということになりました。また、とあるカレン族の大尉が登場します。その役にミンモーグンをあてるよう、みんなで決めました。主な登場人物は3人です。物語に合うと思ったので、制作チームがみんなで決定して撮影するということになりました。この俳優たちの中ではターテッテッと初めての仕事となりました。ダウンとも初めてでした。ミンモーグンとはビデオ作品やドラマでたくさん仕事をしたことがあります。
Q: (興行)収入をどのように期待し、得られる収入をどのように管理しますか。
A: 私たちは委員会を組織しています。映画実現委員会、映画上映委員会、制作配給委員会、私たちが得られた収益全てをこの制作配給委員会と一緒に調整して寄付していくと決めました。今のこの時期、主に(支援が)必要とされるところでは、みなそれぞれ必要があって苦しんでいます。軍の独裁者のせいで苦しんでいる場所それぞれが寄付の対象に含まれます。独裁者の勢力が及ばない場所もです。寄付の名目を分けるとすれば、たくさんあります。軍の独裁者のせいで苦しんでいる全ての人々に寄付することを意図しています。
Q: どの場所でどのような形で撮影しましたか。
A: 1年ほど前に制作を始めました。1本の映画を完成させるには、全員が同じ場所にいなければならないので、全員が一緒に集まっているときに撮影しました。かなり多くの割合を一緒に撮影しました。一部は現地に出向いて撮影したものもあります。主にターテッテッの革命5年間を撮影するために、現状をメインにして、基盤となるものは現地に行きました。
Q: どんな困難がありましたか。
A: 困難はこの映画だけではありません。前の2本の映画においてもありました。軍事独裁のせいで避難して到着した場所も、自分たちの本来の場所(故郷)ではないわけです。それも一つの理由です。撮影段階でも制作に至るまでのポストプロダクションの段階においてもそれぞれの場所でやらなければならなかったことがあります。すべて調整してしっかりと時間をかけて、最後には自分たち製作者にとって最も納得のいく形で作りました。
Q: 3作目革命映画でもあり、この時期に撮影するということで創作の面でも制約はありますか。
A: 制約はありますよ。以前であれば制作予算についても十分にあったでしょう。人員についても十分にいたでしょう。ドラマシリーズを撮っていた頃は、会社が配置してくれたクルーがたくさんいました。今この時期に撮影するとなると、一部の場面では全員で話し合いながら進めなければならないことがあり、自分は監督でありながら、それ以外の仕事に入らなければいけないこともありました。主に、自分たちの国で創作できないために新しい状況から生じる困難もあります。
Q: 一方では、他の国に身を置きながら、芸術作品を創り続けているわけですが、課題としてはどのようなものがあるでしょうか。
A: 私個人としても映画一本の制作にかかわった人たちも同じです。私たちが他の国に来ることになって4年、5年という時間の中で主に自分がやりたいことを続けてできるように時間を当てなければなりません。家族の生計を立てるための仕事の時間もあります。自分がやりたい仕事を続けるために、誰にも気兼ねしなくていい仕事を一つ選ばなければなりません。フルタイムの仕事というよりもUber運転手のような仕事をしなければなりませんでした。この時この時期においては自分自身の収入があってこそ、多かれ少なかれ(映画制作を)続けられるだろうから、個人として働き続けていくしかないのです。以前は私としてはドラマシリーズを撮ることがより多かったので、そこに対して集中できていたわけです。そこから映画撮影費用を得ていました。家族の生計については心配しなくてよかったのです。スムーズにやっていてうまくやっていけていました。でも今こちらでは、この仕事だけではやっていけません。裏には家族の生活があります。外国ではそれぞれに困難があるので、折り合いをつけなければならないことがあるのです。私としては苦難だとは考えません。作りたい映画を、独裁者の支配下においても、自分たちが制作できる映画を決して死なせず、止めないようにするためです。それ以外のことは、私にとっては些細なことです。ある言葉のようなもので、他のすべてを手放すことになったとしても、私たちには真実があるというようなものです。
Q: 以前の監督としての生活と今の監督としての生活、その違いを教えていただけますか。
A: 以前は、映画を撮る、ドラマシリーズを撮るというと、フルタイムで100パーセントすべての時間を、自分がやりたい映画に全力を捧げることができました。今は、一方では生計を立てるために映画のことを忘れなければいけない短い時間があります。それらも、私自身にとっては挑戦です。でもこれもまた、些細なことです。なんとか乗り越えられます。
Q: 『Ray』という映画は、オーストラリア以外にどの国々で上映する予定がありますか。
A: オーストラリアでの上映が終わったら、世界中で上映していく予定です。上映に向けて協議していることがあります。様々な国で上映する予定です。今まさに協議を進めています。私たちの国にいる、私たちの側にいる国民のため、何らかの形で(ミャンマー国内にも)届くようになるでしょう。
Q: これで3作品目になりましたね。この先、何をやっていく予定がありますか?何を創り続けていきたいですか。
A: 私たちはどんな困難があろうとも、進み続けます。私たちは止まることはありません。決して死にたえません。どんな恐怖によっても、私たちを止めることはできません。一つ終わったら次へ、進み続けます。今3本目です。次の一本も計画・構想中です。これは今準備しているので、改めてお知らせします。もう少し時間をかけてさらに取り組むものでもあります。革命・抵抗運動に関連した作品になるかもしれません。自分がやりたい別の作品になるかもしれません。
Q: この映画に関して、何か付け加えて言いたいことはありますか。
A: 『Ray』では、ある女性がこの時代の中で、成功と名声を手にしたばかりの頃にそれらをすべて捨て去り、苦難を経験していく様子を見るでしょう。彼女と共に成功に背を向けなければならなかったある若者の姿も目にすることができます。この2人と共に革命の時代を通り過ぎているように(観客の皆さんに)感じさせるだろうと思います。これまでと違う新しい作品になっていることでしょう。
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( 翻訳者:N,M G,U E,S T,R K,M A,S K,S )
( 記事ID:7322 )