(社説)必要か否かで判断してはいけない人々 Daily Vol.7, No.238

2020年01月14日付 The Voice 紙
 ミャンマーの隣国である中華人民共和国の特別使節が、習近平国家主席がミャンマーへ到着する数日前に国境地帯を訪れ、少数民族武装組織らと面会したというニュースは、ミャンマー国民の間で特別な批判を巻き起こした。
 面会の際上記の特別使節が、春節の時期に、中国・ミャンマー国境地帯において落ち着いた平和な生活ができるよう、少数民族武装組織と協議を行ったという件が、更なる批判を呼ぶこととなった。国内の漫画家らが武装組織に対して偉大なる中国がうまく統制を行い指示することが出来るという様子を、風刺漫画によって批判しているのが見うけられた。
 平和を求める気持ちから批判するにせよ、愛国心から批判するにせよ、国内の武装闘争に終止符を打つという、ミャンマー人が判断を下し答えを出さなくてはいけない政治問題において、隣国である中国が所与のものとして含まれるようになっているのかという疑問が生じるのは確実だ。
 この問題に加え、先を見据えて重視して考えていかねばならないのが、何としても実現させなくてはならないミャンマー国内和平の問題と国家の発展の問題において、誰を手本とするのかという問いである。西洋を手本とするのか、それとも「パウポー(訳者註:兄弟の意、中国人に対する親しみを込めた呼び方でもある)」ともいえるアジアの友人らを手本としていくのか。
 IT技術やソーシャルメディアなどによって、過去4,50年と比較してグローバリゼーションの原則がさらに増大している時代において、徒党を組んで対立し争いを仕掛けるやり方は、もう昔のようにはうまく行かないのだということに、留意しなければならない。確実に言えるのは、西洋世界はもうすでに過去数十年のようにアジア諸国発展の手本となる地位にはいないということだ。
 ミャンマーと中国は、互いに避けては通れない隣人である。ミャンマー国内の和平において中国は登場しないまでも、助演の役者よりも大きな位置を占めている。国境貿易を始めとする巨大計画からガスパイプライン等を含み、和平問題にいたるまで、入り込みかかわっている様子を見ると、両国共に現実的戦略関係を手にしているのだ。
 そのため、中国がミャンマーを重視せずにはいられないように、ミャンマーも中国のことを決して「気にかけない」で済ますわけにはいかないということは疑いようもない。ミャンマーとして、どのような政治体制であるにせよ、どのような時代が訪れているにせよ、必要か否かで判断すべきでないという関係性で、隣人・中国と付き合いをしていかなくてはならないだろう。
 2国の関係、2者の関係というものは、互いに尊敬し、協力し、一方の利益をもう一方が望むことがあってはじめて長きにわたって強固なものとなるのであり、ミャンマー人も中国人も平等でないような状況は起こらないように、特に避けなければならない。ドー・アウンサンスーチーが国家顧問に就任する前、言い換えれば政治権力を得る前から、彼女を北京へ招いてレッドカーペットで歓迎したこともある習近平国家主席を、1月17日にミャンマー側がレッドカーペットを敷いて歓迎する。国内外の政界が間近で注視するこの訪問が、両者にどのような利益をもたらすのかということが、特に興味深い。
 いずれにせよ、ミャンマーと中国2国間の関係というのは、かつての王朝時代から現実的なのアプローチをもって始まり、今日まで現実的なやり方を両者が巧みに実践していること、そして、国際関係の領域においては、他国との関係よりも近隣諸国との関係が、時として良いことも悪いことももたらすものであり、それらを忘れるべきではないとしてここに記すものである。

エディター(2020/1/13)


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翻訳者:田中千帆
記事ID:5116