軍の監視の下協定が締結、座り込みは幕引き
2017年11月28日付 The daily Jang紙

法務省は辞任、同相に不利なファトワーは出されないとの約束。ザファルル・ハックの報告書は30日以内に公表の見通し。告訴状は白紙に。被逮捕運動員は釈放。

11月25日の政府の措置に対し調査委員会が組織。公私に亘る物損の詳細を確定し、賠償は連邦及び州両政府が行う。パンジャーブ州政府に関し合意に達した諸点は無条件に実施される予定。
協定締結につき軍参謀総長に感謝する。彼らのお蔭で国民は大きな悲劇から救われたのである──協定本文、夜半に高速道路開通、座り込みの参加者はマリー・ロードからラーホールに向けて出発、ファイザーバード・インターチェンジの交通は全面的に回復

イスラマバード、ラーワルピンディー(ザーヒル・ハリール、アユーブ・ナースィル、ラーナー・マスウード、ハーフィズ・ワスィーム):-軍の監視の下での協定締結の後、「ラッバイク・ヤー・ラスールッラー運動」は21日から続いたファイザーバード・インターチェンジでの座り込みを終了した。協定に照らして午後10時から高速道路は上下線とも開通した。ハーディム・フサイン・リズヴィー氏に率いられて座り込みの参加者たちはマリー・ロードを経てラホールに向けて出発した。ファイザーバード・インターチェンジでは交通は全面的に回復した。ザーヒド・ハーミド連邦政府法務大臣は辞表を提出したが、これを条件に同大臣に不利なファトワーは発令されない約束が交わされていたのである。協定書には政府側からはアへサン・イクバール内務相、アルシャド・ミルザー内務次官、相手側からは「ラッバイク・ヤー・ラスールッラー運動」本部代表アッラーマ・ハーディム・フサイン・リズヴィー氏、ピール・ムハンマド・アフザル・カードリー同後見人、ムハンマド・ワヒード・ヌール同首都支部長、立会人としてファイズ・ハミード少将の署名が見える。6項目から成る政府と「ラッバイク・ヤー・ラスールッラー運動」の間で締結された協定には次のようにある。
「ラッバイク・ヤー・ラスールッラー運動」は、平和な団体であり、いかなる種類の暴力や暴動にも訴えるものではないが、「預言者ムハンマドの究極性」と「預言者ムハンマドの侮辱禁止」における法的な改変に抗議して独自の観点を携え政府のお膝元に参上したるものである。しかし、残念なことにこの聖なる任務に相応の応対を用意する代わりに力が行使される始末である。21日間に亘る我々の取組みに対し話し合いによる解決を求めるのであれば次の条件が果たされるべし。すなわち、我々は次の条件に対する合意の時点で、単にこの「預言者ムハンマドの究極性」本位の座り込みを終了するだけでなく、国中の同志たちに手出しを控えるように要請することを保証する。その直属の法務省の手により今回の法改正提出となったザーヒド・ハーミド法務相は即刻解任されるべし。「ラッバイク運動」は彼に不利な如何なるファトワーを出すこともない。「ラッバイク・ヤー・ラスールッラー運動」の要求に従ってパキスタン政府は「2017年選挙法」に第7項Bと同項7Cを一言一句違わずウルドゥー語版宣誓書共々追加した。この措置を「ラッバイク・ヤー・ラスールッラー運動」は賞賛するが、ラージャー・ザファルル・ハックの調査報告は30日以内に公表されること。また、責任があるとされた人々に対してはこの国の法律に従って法的措置が取られること。2017年12月6日から座り込みが終了するまでの間に国内で逮捕された全員を1〜3日のうちにルールの手順に従って釈放すること。また、彼らに対してなされた告訴や軟禁状態は白紙に戻されること。2017年の11月25日に政府が取った措置に関して「ラッバイク・ヤー・ラスールッラー運動」の了承を得た上で調査委員会を組織すべし。そして、その委員会は全ての事情を細部まで調べ上げ政府および行政機関の責任者に対する措置を確定し、30日以内に調査を終えて責任者に対する法的措置に移るべし。2017年11月6日を起点として座り込みの終了までの間に及んだ公私に亘る物損の詳細を確定し、その賠償は連邦及びパンジャーブ州両政府が行うこと。パンジャーブ州政府に関して合意に達した諸点は無条件に実施に移されること。
 協定では、この協定がパキスタン軍参謀総長カマル・ジャーヴェード・バージュワー将軍とその全権代理チームの特別の尽力のお蔭で成立を見たものであることが明記されている。すなわち、「この故に我々はこの方々に感謝申し上げる。彼らのお蔭で国民は大きな悲劇から救われたのである。」と。
 作戦の後、ラーワルピンディーで起きた暴動、包囲デモ、殺人に関し調書(FIR)が取られたのはサーディカーバード警察署においてであった。調書では事件での死亡者の致死容疑者をデモに参加していた不埒な連中と断定し、被疑者の実名は一切挙げられていない。
情報筋によると、ザーヒド・ハーミド氏は自身の辞表の中で次のように立場を明らかにした。すなわち、「彼はアフマディーヤ派、ラーホーリー派、カーディヤーニー派等とは無縁であり、『預言者ムハンマドの究極性』に掛けて命を捨てる覚悟さえある。『預言者ムハンマドの究極性』に対し無条件に信を置いている。2017年選挙法改正に関する修正には直接的には無関与である。この法案は与野党が満場一致で可決したものであった。ところが『ラッバイク・ヤー・ラスールッラー運動』の座り込みのため国は危機的状況に直面してしまったので、現在の緊張した状況を見据え、自発的に職を辞するものである。」と。
 政府とパキスタン・ラッバイク運動との間に結ばれた協定に従って昨夜10時に高速道路は上下線とも開通した。市民は道路閉鎖のため一日中不便を強いられた。教育機関閉鎖のため学生らは自宅待機を余儀なくされた。しかし政府及び第三セクター機関は開いており、道路網が閉全面的に鎖されているため、極めて多数の人々が長い道のりを踏破してやっと我が家に辿り着く有様であった。午後3時までタラームリー・チョウクでは障害物が片付かず、連邦首都のルーラル・サークル、DHA、ナーヴァル・アンカレッジ、スィハーラー、バヘリヤー・タウン、メディア・タウン、PWDの住民はペシャーワル通りとカシミール通りを経て職場へと向かった。マリー及びラーワルピンディー―イスラーマーバード間をつなぐ橋とIJPロードとマリー・ロードをつなぐ橋の上で深夜12時まで座り込みの参加者は居座り続けた。彼らは座り込みは終えるとは主張していたが、彼らが居座り続けたので、両橋を通過する交通は遮断されたままであった。深夜12時にアッラーマ・ハーディム・フサイン・リズヴィーに率いられて座り込みの参加者はマリー・ロードを経てラホールに向けて出発した。彼らが去った後、ファイザーバード・インターチェンジでは交通が全面的に回復された。サバー・ニュースによるとファイザーバードでの座り込みの終了が発表されると、全国各地の都市でも座り込みは終了し始め、それら都市では市内あるいは都市と都市をつなぐ公共交通機関の動きが再開された。この重要な発表の後、大都市のカラーチー、ラーワルピンディー、ムルターンでは座り込みに参加した運動員たちは三々五々姿を消していった。

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(翻訳者:清水悠祐)
(記事ID:725)